第18話 舞い込んだ依頼 -Kazu side-

 一年ぶりに訪れたシェムリアップには、街の至るところに個性的なショップが立ち並んでいた。初期投資を抑えて気軽に起業できるカンボジアは、東南アジア進出のスタート地として人気を集めているようだ。また、街の変わりようもさることながら、今回もっとも驚かされたのはアヤカが流暢に喋るクメール語だった。語学が苦手な俺は、彼女の口から発せられる独特なリズムに耳を傾けずにはいられなかったのである。


「ところでアヤカ。NGOに保護された例の女の子は元気?」


「・・・・・」


「アヤカちゃん。ここは僕が説明しようか?」


「はい・・・。もあるので社長から話していただけますか?」


俺は、いわくありげな二人のやり取りを見ながらうっちーさんの言葉を待った。


「あまり大きな声では言えないルートからの情報なんだけどね。人身売買でカンボジアに連れて来られる子供たちは、ほとんどがベトナム出身なのは知ってるかい?」


「ええ・・・。たびたび耳にする話です」


「さすがプロのライターさん。つまりね、そのがベトナム国内に存在するんだ」


「となれば・・・国境付近や山岳地帯が怪しいですが・・・。もしや具体的な場所をご存知で?」


「・・・・・」


わずかな沈黙のあと、一口ワインをすすったうっちーさんが想定外の地名を口にした。


「メコンデルタだよ・・・」


     ※     ※


 メコンデルタ(Mekong Delta)とはベトナムのホーチミン南部に広がる三角州である。面積が39.000平方キロメートル(九州地方がすっぽり収まる)にも上るこの地方は豊かな自然を巡る観光クルーズで有名だが、複雑に入り組んだ地形はアウトローにとって絶好の隠れ蓑だ。

湿地帯の奥地には麻薬取引や人身売買の拠点が数多く存在し、かつてはヘリコプターによる空からの摘発が何度も試みられたが、ヤシが生い茂るジャングルが天然のカモフラージュとなり、なかなか壊滅までには至らないという。


     ※     ※


「そこでね。危険を承知のうえでカズくんに相談があるんだ」


「・・・・」


「インドシナ半島で横行する人身売買をテーマにルポタージュを書いてみない?」


「えっ!?ちょっと急な展開で話が読めないですが・・・」


「僕の旧友が日本の地方新聞社に勤めててね。まぁ新聞社って言ってもブロック紙だからそれほど販売部数があるわけじゃないんだけどさ。ご存知の通り新聞業界はどこも風前の灯火なのよ。そんなわけで、こっちに刺激的なテーマで連載を頼めるライターさんはいないかってオファーがあってさ」


「うーん・・・。ブロック紙とはいえ、れっきとした新聞ですよね?そこらのブログと大差ないレベルの記事しか書けないですよ。なんの実績もない俺で大丈夫ですか?」


「そのへんはプロの校閲が入るからシビアに考える必要はないよ。うまい文章なんて誰でも書ける。君に求められるのは身に迫るようなリアリティと、わずかばかりのユーモアかな。ガハッハハハハ。どうだい?いい勉強になると思うよ」


「一筋縄では行かなそうですが・・・」


不敵に笑ううっちーさんと浮かぬ面持ちのアヤカがじっとこちらを見つめている。


「やらせて下さい!!」


俺の身体を熱い血潮が駆け巡った。

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