Ⅰ-Ⅱ

「しかし、本当に歪んでるとは……」


「人気の裏返しだとでも思ってください。それにこの歪曲された事実も、利用する気になれば出来るでしょうし」


「……やりたくはないですけどね」


 こればっかりは、天に祈るしかなさそうだった。


 キリのいいところまで話が進んで、必然的に無言の空気が戻ってくる。後ろの店内から聞こえるアデルフェの声がうるさいぐらいだ。


「……王、明日からはどうなさるおつもりで?」


「そうですね……ギルドの仕事をして、情報収集をして、ですかね。ああそれと、友人との約束があるのでいくつか」


「ご友人、ですか。さすが我が王、もう友が出来たのですね」


「いやまあ、千年前の知人ですけどね」


 有り得ない単位を口にされて、イオレーは子犬のように首を傾げている。可愛い。

 俺は努めて冷静に、森であった出来事を語り始めた。


「千年前、人間と魔物が手を取り合ったのはご存知ですか?」


「いえ、初耳です。……魔王討伐時代の頃、ということですよね?」


「はい」


「でしたらそれは、歴史書にも残っていない新事実です。そのご友人に関係が?」


「単刀直入に言いますと、魔物なんですよ、その友人。で、もう一度人間との共存を目指さないか、って話になりまして」


「――なるほど」


 がえんじる王女は、腕を組んで思案し始めた。

 自然と胸元が押し寄せられ、ミドリにも並ぶ巨乳がくっきり浮かんでくる。凝視しちゃいけないのは分かっていても、振り切ってくるぐらい肉体は魅力的で性的だ。


「……」


 イオレーが俺の視線を指摘する気配はない。あえて黙っているのか、本当に気付いていないのか。


 直観は後者だと断じていた。傍から見ている今も、彼女はどこか無防備である。

 女性社会のため、男性に対する警戒心が緩い……のだろうか? 外に出れば注目を浴びるだろうし、視線には敏感だと思うのだが。


「承知いたしました、王よ。このイオレー、王の理想を果たすため――王? どうかなさいましたか?」


「あ、ああ、何でもないです。続けください」


「では……人間と魔物の共存、素晴らしいお考えです。世界が発展するための、大きな一歩となるでしょう。わたくしも協力いたします」


「あ、ありがとうございます!」


 王女の身体を見つめていた後ろめたさの中、俺は深々と頭を下げた。

もちろんイオレーは、そんな必要は無いと言ってくる。当然のことだと。


しかし感謝は感謝だ。頭の中は雑念というか色欲で一杯だけど、とにかく感謝は示したい。あと誤魔化しもかねて。


「あ、あの、本当に結構ですから」


 そんな徹底ぶりに驚いたのか、イオレーは若干うろたえている。

 彼女の言葉を素直に飲んで、俺は姿勢を元に戻した。やり過ぎると、逆に怪しまれてしまいそうだし。


 魔物との共存に抱く熱意が、最低限伝われば十分だ。


「しかし王よ、具体的な方法はどうするのですか? 念入りに準備する必要もありそうですが……」


「その前に一つ聞きたいんですけど、魔物に友好的な態度を取ってる国って、あります?」


「わたくしの知るところでは一つもありません。反面、魔王時代と同様の規模で対立している国は少ないのですが」


「少数はいる、ってことですね?」


「はい。といっても民の多くは、魔物を危険な生物だと見なしております。友好の懸け橋を作る認識から育てる必要がありますね」


「やっぱりですか……」


 それでも昔に比べれば楽ではある。魔王がいた当時は、人類そのものが戦争を行っているような状態だった。目立った対立が少数なら、希望は近いうちに見えてくるだろう。


 もちろん、急いては事を仕損じる。ミドリへ言ったように冷静な対処が必要だ。


「ま、当面は勇者達をどうにかするのが先決ですかね。知人の魔物によると、暗黒時代に彼らが迫害を行ったのが原因らしいですし」


「承知いたしました。……ところで、魔物達との連絡はいかがいたしましょう? こちらで人を用意するべきでしょうか?」


「いえ、しばらくは俺がやりますよ。もしかしたら、各部族の王が千年前から生きてるかもしれませんし……定期的に報告はするつもりですから、心配しないでください」


「はい。ですが、くれぐれもご自分の立場をお忘れなく」


「……」

 非常に説得力に欠ける台詞だった。

 変な話だが、イオレーの動きに注意しつつ活動しよう。今日みたいに、俺の知らないところで俺の存在を告知するかもしれないし。


 まあ世界の覇権を勇者で争っている間は、こちらに注目が集める確率も下がるだろうけど。


「では王、わたくしはこれで。ギルドの方々とお食事の最中に、申し訳ありませんでした」


「いえいえ、俺も休憩してた最中ですから。むしろ俺の方が、時間取らせちゃったんじゃないですか?」


「そうでもありません。王と少し、個人的な話をしたいと思っていたぐらいなので」


 イオレーが立ち上がると、護衛役の女性騎士らしい人物が戻ってくる。


「では、おやすみなさいませ、王」


「イオレー王女こそ、おやすみなさい」


「……」


 彼女は俺に一礼してから、そのまま城へと戻っていった。町を照らす満月の光が、赤い長髪を染めている。


 一人になった俺に聞こえるのは、やはりギルドの面々が出す騒ぎ声。アデルフェの無茶振りによって、順調に犠牲者が発生しているようだ。


「さすがに止めるか……」


 酔っ払いの相手をするのは大変そうだけど。


 最後に思いっきり夜風を吸って、俺は店の中へと戻っていく。漂う酒の匂いも熱気も、外とはまるで比べ物にならなかった。


 でもこれが、仲間と一緒にいるということ。

 誰も見ていない笑みを浮かべ、俺は彼らの元へと帰っていった。

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