Ⅰ-Ⅱ

「順応するの早すぎないか……?」


 誰にも聞こえない独り言をぼやきながら、俺は皆の様子を俯瞰していた。


 と、混じっていない生徒を一人発見する。

 女の子だった。彼女は紙を手にしているにも関わらず、唖然としながら同級生達を見つめている。それこそ、信じられない何かを見るように。


 いつも輪の中にいる女子生徒だからか、萱の外にいる現状は余計に異質だった。

 余計に放っておけなくなる。――それに、付き合いの長い幼馴染だし。


木島きしまさん?」


「あ、ユウ君?」


「どうしたんだ? そんなにボーッとして」


「え? ユウ君には聞こえないの?」


「?」


 首を傾げながら、俺はこっそりと彼女の能力ステータスに目をやった。


 至って普通の、むしろ低いんじゃないかと思えるぐらいの数値が並んでいる。基本的な役職を示している『称号』の欄にも、巫女、という戦闘に不向きな名前が記されていた。


 しかし注目すべきはその下。スキルが記してある個所に、一つだけ書かれている。


 読心。


 読んで字のごとく、心を読むスキルだった気がする。昔の魔王討伐でも仲間の一人が使用していた。


 曰く、あまり気分の良いものではないらしい。際限なく声が聞こえるし、浅ましい本音まで頭に入ってくるからだ。


 彼女、木島きしま真緑みどりもその状態へ陥っている可能性はあるだろう。いきなり力を与えられた彼女には、制御する術など無いだろうし。


 俺はかつての知人が言っていたことを思い出しながら、不安げな彼女の肩へ手を乗せる。


「木島さん、目を閉じてから深呼吸して」


「へ?」


「いいから。んで、自分の呼吸だけ意識するんだ。少し落ち着けば、周りの声も聞こえなくなるから」


「わ、分かった」


 木島は目を瞑ると、指示通り深呼吸を繰り返す。

 俺の後ろでは、未だに浮かれているクラスメイト達の姿。イオレーの説明も再開されており、彼らの視線はすべてそちらに向いている。


 スキルの使用についても練習が始まっている模様。妙な光も発生しており、それぞれの個性を見せつけていた。


 俺も聞きたい気持ちはあったが、今は木島のことが最優先。


「……」


 ややあって、彼女はゆっくりと瞼を開ける。


 先ほどのような困惑は、その整った顔立ちに少しも残っていなかった。異常事態から脱した安心感で一杯になっている。


「あ、ありがとう、ユウ君。凄く楽になった」


「どういたしまして」


 返答を受けた木島は、いつも通りの笑みを浮かべていた。クラスの華とも言える、天使のような笑みを。


 お陰で心臓の鼓動が早くなる。学校一の美少女、と呼ばれていることにも納得だった。


 肩辺りまで伸ばした、艶のある黒い髪。白い肌は芸術品と見紛うほどで、触れるのを躊躇うような美しさだ。

 唇は紅を塗ったように赤く、大人の女性顔負けの色気を放っている。


「っ……」


 構図としては、見つめ合っているのが現状だった。

 つい恥ずかしくなって視線を下げると、メリハリのついたスタイルが目に入る。


 平均を遥かに上回る胸は、男達の欲望を、女達の嫉妬を買って止まないだろう。彼女、同性の友人が少ないらしいし。


 スカートの下から覗く太股も魅力的だ。王女イオレーも美人ではあったが、個人的には木島の方に軍配が上がると思う。


「ありがとうね、ユウ君。やっぱり冷静な人がいると安心する」


「そうか? まあそれぐらいしか取り柄がないんだけどな」


「立派な長所だと思うよ? さっき聞こえた心の声? みないなのも、温かくって落ち着いたし……他の人は怖いコトばっかり考えてる」


「例えば?」


「うーん、言葉にするのは難しいんだけど……暴力的なことを考えてた、って感じかな? これで好き放題やれるー、とか」


「なるほどねえ……」


 力を手に入れて増長している、ってところだろう。単純なやつらだ。そもそも使い方だって分かっていないだろうに。


 肩越しに振り返ると、王女の前にいる生徒達は揃って歓声を上げている。そこに男も女もない。

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