第15話安全第一。
「時代は変わりました魔王様」
「何だ闇巫女よ、藪から棒に。何だ、人間軍に投石機でも並べられたか?」
「いえ、そうではなく。………これを」
「何だこれは?」
「ダンジョン製作課のドワーフたちや
「ほう、それはまた珍しい。
アイツらは職人気質というか、あまり文句も無く黙々と作業する印象があったが」
「怒らないんですか?」
「我輩を何だと思ってるんだ?」
「悪の魔王」
「………まあそうだが。
寧ろ安心したくらいだ。こういう、しっかりとした技術を持つ連中がどれだけ満足して働けるかということを、支配者は何より把握せねばならん。
彼らが厚遇されてこそ技術は発展し、次代の確保にも繋がるのだが………何分職人という生き物は要望を出さんからな。彼らが声を上げやすい上司になるよう自らを戒めるほどだよ」
「………魔王様、どうかしたんですか?」
「何がだ。いつも通りの部下思いの我輩だろう?」
「いいえ、そんな怪しい演説をスラスラと言うなんて、怪しいですね………」
「べ、別に………怪しくなんて………あ」
「あ、何か落ちましたよ。
………『プチデーモンでもなれる理想の上司とは』………?」
「………な、何だろうな、見たことも聞いたこともない本だな?」
「………付箋が一杯付いてますね?」
「………」
「えっと、『上司たるもの、生産職には気を配るべし』?」
「止めろぉぉぉっ!」
………………………
………………
………
「ついからかっちゃいましたけど、別に恥ずかしがることではないでしょう。勉強するのは良いことですし」
「う、うむ………だがやはり、教本を見られるのは恥ずかしいのだ」
「暗黒神様のところなんか、『書ける! シナリオ』とか『泣けるシナリオの書き方』とか、『生き生きとした人物を創る』とかいっぱいありますよ? しかも途中までしか読んでませんし」
「それはもう触れてやるな」
「向上心は大切です。あ、皆にも明日伝えておきます」
「止めろ! 止めてくれ!」
「甘いもの」
「え?」
「甘いもので、私の口は塞がるかもしれません」
「貴様………我輩を脅すつもりか………?」
「いえ別に? ただ、どれだけお喋りな鳥でも、餌を食べている時は黙るものだということですよ」
「………ふん。我輩は魔王、脅しには屈しない。屈しないが、まぁ、日頃良く働いている部下に褒美をやるのも、魔王としての務めかなぁ、なんて思ったりもするな、うん」
「やった!」
「と、とにかく! 先ずは仕事だ。嘆願書には何とあるのだ?」
「あ、はい、そうでしたね。実は、ダンジョンの罠に関してなのですが」
「罠? 落とし穴とか、剣の床か」
「はい。………あれを、止めて欲しいと」
「なんで?」
「………危ないからと」
「………設置した側が何を言ってるんだ。そんなもの、気を付けて作業すれば良いだろう?」
「いえ、その、自分達のことではなく。やってくる冒険者が危ないからと」
「………はぁ? うん、いや、はぁ?」
「ですよね」
「何だ、詰まり? 冒険者が危険な罠を作るのは良くないとかいう話か? 馬鹿か!
何のためのダンジョン、何のための罠だ! 冒険者を痛め付け、苦しめるための罠だろうが!!」
「落ち着いて下さい魔王様。彼らは、使命を放棄するというのではありません。ダンジョンを造り、冒険者を出迎え、程ほどのスリルと共に帰らせる。
ただ、その程ほどが問題なのです。昨今の冒険者は、その、割りと打たれ弱いのです」
「むむ………解った、それぞれの問題点を聞こう」
「えっと。
………先ず、落とし穴ですが。高過ぎて骨折するので嫌だと言われているようです」
「死ぬ訳じゃないから良いだろう」
「骨折が、リアルな痛みで嫌なのでしょう。いっそ死ぬくらいの方が良いのでは?」
「お前が造ると何故か全て即死罠になるから駄目だ。
むぅ、では、高さを控えれば良いのか? だが、落とし穴は下の階に落とすものだぞ? 高さが無くては………」
「では、下にクッションを置いては?」
「えぇ………?」
「安全第一です魔王様。冒険者を誘い込まなければ意味がないのです」
「むむ………仕方がない。不自然じゃないようにな」
「次は剣の床ですね。これはもう、単純に見た目が痛そうです」
「飛び出すからな。刺さるし、まぁ、気持ちは解らないでもない。
確かあのダンジョンは、通路まるごと剣の床だったか」
「酷い絵面ですね………」
「………言われてみれば確かにな。一歩毎に全身刺されるのは、ダメージ的には5とはいえ辛いものがある」
「剣が不味いですかね………あと、勢い良く出てくるのも心臓に悪いです」
「ちょっと過保護じゃないかな?」
「やるなら徹底的にです。即死が駄目だと言うならとことん甘やかしてやりますよ」
「お前のそういうとこ良くないと思うな」
「刃物が駄目、飛び出すのも良くない。けど罠は欲しい………はっ、来ました!」
「ちょっとお茶か何か無いかな?」
「これです! 足つぼマット!」
「誰か酒持ってこい!」
「真面目にやってください」
「お前こそ」
「私は真面目ですよ! 痛さを残しながら安全を確保した、完璧な罠です。正にパーフェクトです」
「そうかなぁ」
「これを10メートル敷き詰めましょう」
「それはそれで酷いな?!」
「あとは………水責めですね」
「大掛かりで気に入ってるんだが」
「水位が上昇してくるのはビジュアル的にも良いですよね」
「お、では、残しても………」
「問題は、水です」
「水? 衛生面なら完璧だぞ、川の水を
「いえ、そうではなく。水の温度ですね」
「………温度?」
「冷たい水に落ちたりすると、風邪を引く恐れがあります」
「考え過ぎじゃないかな」
「未然に防ぐことが大切です」
「じゃあどうするんだ?」
「温度を上げましょう」
「溶岩にするのか?」
「それはもう別の危険が生まれます。適度な………40度くらいの水にしましょう」
「水とは言わないだろうそれは」
「あと、湯冷めしても駄目だし………出たところに安全な小部屋と、乾燥用の温風機を置きますね」
「湯って言ったか今?」
「あとは………あ、これ。『宝箱に潜む魔物』ですね」
「定番だな」
「ちょっと強すぎます。ただでさえ宝じゃなかったガッカリ感もあるのですから、せめて、【
「アイツのアイデンティティーが………」
「もっとマイルドな………【
「なにそれ」
「例えば………『生まれて一度も頭使った事無さそうな顔だなゴリラボーイ、バナナやるから帰りな』とか、『舌の貯蔵は充分か? お前の滑舌じゃ二枚舌じゃ足りねぇぞ噛み切り虫』とか」
「酷い」
「ディスりなんてそんなものです。言ったら殴られるくらいが丁度良いのです。殴られる覚悟が要りますけど。何せほら、喧嘩を売るという意味ですからね」
「どうしてお前の発想はそんなのばっかりなんだ………」
「え? ………理不尽に即死する方が、それを喰らって悶え苦しみ、嘆き、絶望して面白いでしょう………?」
「………(暗黒神に後で部屋片付けろと念話しとこう)」
………………………
………………
………
「さて、一通り処理は決まりましたね」
「うん。………トロッコに速度制限と安全ベルトを付けた時には、もう吹っ切れたな」
「流石です魔王様。いちいち宝箱探すのも面倒だ、手に入る宝を最後出店として売ろうというご意見には、私も感動を覚えました」
「ふ、それを言うなら、お前の【ダンジョンにいってきました饅頭】にも驚かされたぞ闇巫女よ。
他の冒険者に自慢して、勝手に宣伝してくれるわけだからな。最高だな!」
「いえいえ。魔王様の年間チケット程ではありませんよ。入場料を取るのはどうかなと思いましたが、年チケのお得感を全面に出すことでそれ自体議論の余地を無くすとは。
おまけでつくワンドリンクサービスもありますし、ふふ、これは売れますよ………!」
「ははは、楽しみだな! 良し、ドワーフたちに案を送れ!」
………………………
………………
………
「………好調ですね、ダンジョン………いえ、ダンジョン型テーマパークは」
「………何故だ」
「絶妙な浮遊感のアトラクションに、ループや落下を交えたトロッココースター。健康に優しい足つぼコース、温泉まで完備してますしね………。
あ、お土産も大人気です………」
「………何が悪かったのだ………」
「調子に、乗り過ぎましたね………」
「我輩は………ただ、適度なダンジョンを造りたかっただけなのに………」
「………呑みましょうか魔王様」
「うぅ………」
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