ドグマ22「少女の都市伝説の真相の正体」



「これは、もともとはお前のものだ。いや、正確には、もうお前のものになった、といった方が正しいか。この武器を必要とするのはお前だ。見届けるのか、見捨てるのか。決めるのはお前だ。自分で判断を下せ」

 

 それから、自分の役目は終えたとばかりに、伊達の方に向き直った。

 てくてくと歩いていき、そのやわらかな長い指で、伊達のまぶたをひらき、眼球の瞳孔の動きを観察する。


「こいつは生きてる。こいつは生きてるよ。お前は、」


 そこで振り向き、また例の冷たい無表情で流し見た。


「お前は、どうなんだ?」


 僕は答えない。

 ミサイルの音が響き始めた。そしてユリアは天井を眺めて舌打ちして、僕を見下ろして、何かを頼むでも、何かをねだるでも、何かを与えるでもなくて、一切を打ち明けて最後はゆだねるように、僕に言った。


「まだだ、まだ闇は終わらない、本当の闇を止める必要がある」

 

 天井の瓦礫が振動でぱらぱらと崩れる。落盤する。

 時間的猶予はなかった。一刻も早く、決断しなければいけなかった。

 だが何を?

  正直、僕は、戸惑っていた。

 とはいえ、彼女の披瀝した真相を受け入れることができない、というわけでは決してない。

 そうではなくて、もっと多くのものを――求めていた。

 

 謎を全てしりたいという誘惑に駆られていたのだ。

 

 少年の世界の都市伝説。

 その謎の答えを、おそらく僕らは手にしていた。

 だから思った。


〝じゃあ、少女の都市伝説は?〟と。

 

 《天使狩り》。

 一人の少女の嘘によって、あたかも存在しているかのようにつくりだされた、他の模倣半を次々に生み出した莫大な罪の都市伝説揺り籠


 だがそれとProject禁猟区の関係はどうなっているのだろう?

 そして何より、天使狩りで消えた少女たちはどこへ行ったのだろう?


 現場に残された羽根。

 えづき汁。

 羽根に関しては理解できたが、ではえづき汁に関してはどうなのだろうか。

 それは、何か事件の本質と関係していないのか?

 そして、最後に放った彼女の意見も、僕を、悩ませた。


 ――見届けるのか、見捨てるのか。


 

 その言葉の周囲は、何か不穏なもの、とても悲しいもの、喪失の予感に、あふれている。

 

 なぜなら、傍観者として見届けるにしろ、見捨てるにしろ、

 いずれにせよ死ににいくものの存在を暗示しているからだ。

 

 だが、事実はユリアと一緒に自分を置いて、どんどん先に進んでいってしまう。

 時間がそうであるように。

 

 僕は、必死で彼女の後を追った。

 手遅れだとわかっていても。


「おい、でてこい。人食いざめ」


 ユリアは部屋の隅に歩いていって、倒れている掃除用具入れを蹴飛ばした。 


、いまのオレにもう一度死んでいる体力はない」

 

 だがボコボコにへこんだ用具入れからは、何の反応もなかった。

 彼女は何をいっているのだろう。

 僕は、状況にあたまがついていかなくなっている自分に気付いて、唇をかんだ。

 だがしだいに、うなり声のような振動音が、用具入れの下のほうから響いてきた。

 一瞬何が起こったのか、わからなかったが、冷静に意識を取り戻すうちに、それが非常に耳馴染みのある音だということに気付いた。

 

 自分はその音の正体をしっていた。

 

 それは、いつも、あの、ラブラドールの談笑の最中で、低い重低音のように鳴り響いている音だ。新しい獲物の予感に、歓喜にうち震える、常軌を逸した存在の魂の駆動エンジン音だ。

 思考を働かせるうちからガタガタと視界がふるえてくる。


 


 そして彼女の肉体を運ぶ手段が、この地下の小部屋の一角、用具入れのなかにあるとでもいうのだろうか。

 それは、この音の正体と、関係があるのだろうか。

 天使狩りの事件に残された謎と、関連性があるのだろうか。

 事件に残された羽根と、えづき汁のついたケータイ。

 そうだ、とそこで思い出す。

 エレナは、天使狩りの少女たちを殺してはいないといっていた。

 

 まさか。


 だが、その恐ろしい予感は、すでに予感ではなくなっていた。

 その推理は、単なる直観をこえて、ある一つの事実として、自分の前に現れようとしている。現れようとしていた。

 その曖昧な厳密さに答えを出すべく、僕は横向きに倒れているその用具入れのそばに歩いていき、顔を近づけて、そこから聞こえてくる音に、耳を澄ました。

 ああ、やはりそうだ――、


 


 ガンッ、

 音が耳元で炸裂して、弾かれたように後ろに飛び退く。

 もう一度ユリアが用具入れを蹴飛ばすと、扉があいて、手足を縛られたミココが転がり出てきた。


「もうくえない」


 そして、大きく、大きく、口をあけた。

  


 

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