第23話「僕の情報を集める九条マキ」


 見知らぬ少女に突然自分の名前をきかれたら、どう答えるだろう?

 どうして、彼女が、僕の名前を知っているのだろう?

 僕はバカだった。

 天使狩りの被害にあいかけた有力な情報提供者に、ようやく出くわしたのdだ。にも関わらず、それを、台無しにするような発言を、してしまった。

「知ってる!」

 咄嗟に、ノブナガが、フォローした。

「でも、友だちの友だちから、ちょっと時間がかかるかも」そしてさらに機転を利かせる。「それが、一体どうしたの?」

「彼についての情報を――私は集めてるの」

 僕はコーヒーカップを落としそうになった。どうして?

 ユリアといい、この少女といい、どうして、僕について、執拗に調べるのか?

 本当に――自分が、何かの『元凶』なのか?

「クナギサくんの何が知りたいの?」

 ノブナガが、黙り込んだ僕の代わりに言った。

 

「全部」

 

 九条マキは、答えた。「――身長。体重。住所。血液型。交友関係。交際関係。学校の成績。そして――奇妙な行動をとってないか、知りたいの」

 

 僕は、背筋が凍る思いがした。

 警察に取り調べられるときは、こんな気分になるのだろうか。

 調査するつもりが、調査される側になっている。

 これは一体、どういうことだろうか?

 

「わかった。ちょっと、待ってね」

 

 ノブナガが賢いのは、すぐに答えを出さないことだ。

 九条マきは、少し独特な空気感をもった、不思議系の少女にみえる。

 言い方は悪いが、「気まぐれな情報提供者」なのだ。

 だからこそ、先にカードを与えてしまうのは、間違っている。

 先に情報を与えて、おくべきなのだ。

 だが、九条マキは、こちらのそんな下心さえ、見透かしていた。

「ふーん。じゃあ、私も教えない」

 そう言って、チョコレートパフェをスプーンですくいながら、足を組み替える。余裕のある動作で、二つに結ばれた、髪を手にとる。

「そんな……そんなことを言わないで、ください」

 僕は、かろうじて、そう呟いていた。

 すると、彼女は、キーワードだけ、与えてくれた。

 

「project禁猟区。それについて調べてみ――」

 

 ガタンッ、

 

 音が、鳴った。

 遠くで聞こえる、音だった。

 僕は椅子から立ち上がっていた。

 何処で見たのだろうか。何処できいたのだろうか。

 思い出せない。

 

「……何?」

 

 驚いた様子で、九条マキが、僕を見る。

「それ……知っている」

「嘘、でしょ……?」

 今度は、反対に、九条マキが、驚く番だった。

「どうして、それを、知っているの……絶対に口外禁止なのに」ぶつぶつと呟きながら、爪を噛む。「情報が、洩れた……?いいえ、そんな馬鹿なことが……ねえ」そう言って、突然、僕を睨む。

「あなたは天使を売っているの?」

 何?

「さらに―――?」

 何を……一体こいつは何を言っているんだ?

 しかも、言い方が気になる。

『何かをもっている』ということと、『天使を売る』ということは、別々のことなのだろうか。

 

 project禁猟区というものは、その二つの条件を満たすもの、なのだろうか?

 

「――あなたも、なの?」

「はい?」

「……仲間なの?」

 

 その一言で、わかってしまった。

 project禁猟区というものは、その単語を知っているだけで、仲間と認定されるような、クローズドなサークルなのだと。

「――違うみたいね」

 安堵の溜め息をつきながら、彼女は言った。

 僕の様子から、気付かれてしまったようだ。

「その言葉の意味について……教えてくれないか?」

「無理」

 あっさり断られた。

 そのままケータイを口元におしあてて、大きな瞳で上目見る。

「だって、あなたは、天使を売る気はないんでしょ?」

 天使? あたりまえじゃないか。

 何のことだ、と思い、はっとする。

 

 僕らは完全に女子だと思われていた。

 

 先程の奇妙なやりとりは、それに起因するのだ。

 だが、それも仕方がないことかもしれない、と思う。

 ノブナガは、誰もが振り返るほどの美少女もとい男の娘へと、変貌している。

 そんなノブナガは、瞬時に判断して、

「いや、これから売ろうと思ってる」

 顔色も変えずにいった。頭の回転の早さでは、ミココも、エレナも、特進化の、誰も――叶わない。

 彼は、このこの状況が逆にチャンスだと思ったのだ。

 

 単に『好奇心』から天使狩りのことを尋ねている他人から、

 共に『天使狩り』に加わろうとする仲間である、という関係性へ、

 シフトさせたのだ。

 その巧みさに呆気にとられて、僕は、ただ相槌を打つことしかできなかった。

 ノブナガは続ける。

「売る覚悟だって、とっくにできてる。だから、教えてくれない?――それでも駄目かな?」

 

 先程の九条マキの反応を見る限り、「project禁猟区」は、仲間の結束がとても強いコミュニティだ。

 強固なコミュニティは、反面、部外者に対しては、非常に冷たい。

 だから、僕らも仲間に入れてほしい――。

 ノブナガは、瞬時に、そんな作戦へと舵を切ったのだ。

 うまくいけば内部に潜入できるかもしれない――。

 だが、九条マキは、はっきりと拒絶した。

「だめ」

 それは短く、強い意志を含んだ口調だった。

「危険にさらすことになる」

「どういう……こと?」

「天使狩りは……うちらのメンバーから選ばれているのよ」

「それでもいい」ノブナガが食い下がった。呆然とする僕を尻目に、言葉を続けた。「知りたいんだ、いや、知りたいのよ」流石の彼も、少しだけ動揺しているようだ――語尾が、乱れた。聞けるタイミングを逸したら、永遠に聞けない――そのことを、直観的に、彼はわかっているのだろう。

 九条マキは、ノブナガの必至さに、黙り込んだ。なぜ、ノブナガが、そこまで必至なのか、実は僕は知っていた。ノブナガは、僕らの、ラブラドールのあるメンバーに、想いを寄せているのだ……。

 動け。僕は、黙り込んだ九条マキに、言葉を問い詰めるべく、身をのりだした。動け。だが、言葉は出なかった。

 そうしているうちに、九条マキは、緊張をほどくように――溜め息を吐いて、言った。

「ごめん。それでも無理」

「なぜ?」

「だって、あなたたちはもってない」

「何を?」

「本当に、大切なもの」

 

 ――あなたには守りたいものがありますか?

 

 ノゾミさんの言葉が、脳裏に浮かんだ。

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