第64話

 


 ロイド歴三八九〇年七月中旬


 今日は破壊的な考えを止め、生産的な考えをしようと思う。

 まぁ、そのまま生産なんだけど。

 最近は戦や幕府のことばかりで趣味に時間を掛けることがなかった。

 だから強制的に休暇を取ることにしたのだ。


 先ず、スキルの【世界創造】で創った俺だけの世界に籠る。これで誰の邪魔も受け付けない。誰も入れないのだから。


 一つ目、蒸気機関車の開発だ。

 蒸気機関はこの世界や時代ではとても珍しいことは間違いない。

 機関車自体の形は問題なくイメージできる。問題なのは蒸気機関の構造だ。

 基本的には熱した水が蒸発してできる水蒸気を動力源とするのは分かる。しかしそれ以外の構造的な知識を俺は持っていないので蒸気機関車をそのまま作ることはできない。

 だから似た感じで創造する。


 漆黒のボディーに無骨なまでに雄々しい姿の機関車。

 やっぱり機関車と言えばこれだよ、俺はどこまでも走るぞ!と言う感じがとても好きだ。

 後は中身なんだけどね……蒸気を動力として動く。それだけしか分からないから考えていたら昔、と言っても前世での昔なんだけど小学校の工作で造ったなんちゃって蒸気機関車を思い出した。

 固形燃料と水、これだけで走るブリキの玩具って感じの物だったが、それでもしっかりと動いたのだから先ずはあれのデカい物を創れば何とかなりそうだ。


 蒸気を発生させる機関部、蒸気を伝えるパイプ、蒸気を取り込み上下運動をするシリンダー&ピストン部、ピストンの動力を車軸に伝えるロッド、ロッドと繋がっている車軸と車輪。

 簡単な構造の簡易的な蒸気機関車を創る。

 これをレールの上に置き火を入れて走らせると数メートルも走ることなく機関部が爆発した。

 メッチャ焦った。蒸気の圧力に耐えられなかったようで強度に問題があったようだ。


 暫く簡易的な試作を繰り返して構造的な問題点を洗い出す。

 数十枚の紙に書き込まれた設計図とその問題点、今日はここまでで後日この反省を踏まえた試作蒸気機関車を創ることにした。


 二つ目、久しぶりにたい焼きが食べたいとふと思い、たい焼き機を造ってみた。

 俺のスキルならたい焼き自体を創り出せるが、誰にでも作れるように一式を揃えてみた。

 小麦粉を水と牛乳で溶いて卵に重曹を加え生地を作る。だらーっとならずややかためにする。

 そして小豆に塩と水飴を加え煮込んで餡の出来上がりだ。

 焼けたたい焼き機に生地をたらし暫く経つと少し膨らみつつ下が固まった頃合いで餡を乗せ再び生地をたらす。

 そしてたい焼き機を折りサンドイッチのようにして焼き色をつけていく。

 出来上がったたい焼きは前世と変わりなく食欲をそそる。


「むほー、たい焼きはやっぱ美味うまいなっ!」


 ムシャムシャ三個も食べてしまった。これはアズ姫やカナ姫たちにも食べさせてやろう!


 自分の世界から戻るとアズ姫とカナ姫が俺を待ち構えていた。

 俺が自分の世界に引きこもれるのをしっている二人は何もないところから俺が現れても悠然と構えている。

 だから早速たい焼きを食べてもらおうと思う。


「これは……」

「それは甘味だ。美味いから食べてごらん」


 アズ姫はたい焼きを手に取り小さな口でパクリと背中の部分にかぶり付く。

 そしてカナ姫は尻尾から口に運ぶ。


「「っ!」」


 二人の表情が驚きに変わったと思うと眼尻を下げる。


「「美味しい!」」


 このワ国には牛乳を使った菓子はない。牛乳自体が口に入れるものではないという考えがあるのだ。

 その牛乳を生地に混ぜてあるので生地の口当たりが良くなっているし、餡も粒が崩れないように煮込んであり砂糖ではなく水飴で甘みをつけているので優しい甘さになっているのだ。


「これは餡ですか?……とても優しい甘さで……」

「外はカリっと、中はシットリと……とても良い食感です!」


 二人の嬉しそうな顔を見られて俺は満足だ!俺の妻たちは可愛いの~。


「タケワカや奥向きの者たちの分もある。持って行くが良い」

「「有難う御座います!」」


 俺は百個にも及ぶたい焼きを侍女たちに渡し、佇まいを正す。


「して、二人の用向きを聞こうか」


 幸せそうな二人が神妙な表情になった。二人を怪訝に見つめる。


「されば、殿に申し上げたき義が御座います」

「神妙な顔をして何かな?」


 俺は口火を切ったアズ姫を見つめ真剣な眼差しを向ける。


「殿は鉄騎府大将軍に御座います」

「……そうだな」

「そして幕府をお開きになり天下を治めておられるお方でございます」


 今更言われるまでもないことだ。それが何だというのだ?

 まぁ、まだ完全に天下を治めているわけではないが、いずれはそうなるだろう。


「側室をお迎えなさいませ」

「……」

「カモン家が長く天下を治めるに殿の血筋は多い方が宜しかろうと存じます」

「……」


 アズ姫の言わんとすることは分かった。

 俺の子、その子、その子孫が多い方がカモン本家の血が途絶えた時に代替えが利く。

 前世の昔にあった江戸幕府の徳川御三家や、御三卿と言われた仕組みのようなものだろう。

 しかしアズ姫には二人、カナ姫だって一人目を身ごもっているのだから子には恵まれていると思う。

 だから俺としては妻を増やす考えなどなかったけど、それを敢えて増やせと二人は言うのか。


「我ら二人が生める子の数などたかが知れております。カモンには多くの子が必要なのです」

「左様で御座います。カモンの子は天下の子、多くおられたほうが宜しいでしょう」


 アズ姫に追随してカナ姫も俺に側室を勧める。

 しかしこれは……


「それはシゲアキあたりの入れ知恵かな?」

「マツナカ殿だけでは御座いません。家臣らの総意とお考え下さいませ」


 血脈を残す為には多くの子が必要なのは分かる。分かるが……それで良いのかと二人の妻を見る。

 そうか……彼女たちは苦難の時を乗り越えてきたのだから、血を残すことの大事さが分かっているのだろうな。

 俺なんかは下手に前世の記憶なんかがあるものだから後継者や一族衆の大事さを頭では分かっていても本能から分かっていなかったのだろう。

 それに比べアズ姫は領地もなく今にも消えそうだった十仕家のホウオウ家に生まれ明日の暮らしにも窮する状況下で暮らしてきたのだし、カナ姫だって四家に別れダイワの国の勢力争いをしてきたツツミ家の一族なのだから将来に対する危機感は大きかっただろう。


 俺もミズホの国の小領国守の家に生まれたけど、そこまでの危機感はなかった。

 最悪領地を放り出して逃げ出せば良いと思っていたのだし、アズマ家を継がなくても良いとも思っていた。

 家の家督については今でも誰かに家督を譲って自由に暮らしたいと思っている。

 この二人や家臣たちは俺が長期にわたってカモンを、幕府を率いることを願っているのだろ。

 そして俺の子孫が鉄騎府大将軍を引き継ぎ長きに渡ってカモンの世を、と思っていることだろう。


「……相分かった、側室に関しては前向きに考えよう。……それで良いな?」

「「有り難きお言葉」」


 ハルが二人の後ろでウンウンと頷いている。もしかしたら二人をけしかけたのはシゲアキたちではなくハルなのかも知れない。

 奥向きのことは俺の乳母であったハルが全て取り仕切っているのでハルが二人を操っている可能性は高いだろう。まったく……


 二人が自分たちの部屋に帰っていった。

 そこにタイミングを計ったようにシゲアキとトシマサの二人がやってきた。

 今日は一日休暇だと言っておいたのにこいつらは俺を働かそうとする。


「お二方よりお聞きしましたが、側室が件、祝着に御座いまする」

「祝着に御座いまする」

「その方らとハルの差し金であろう?」

「ほほほ、何のことやら」


 とぼけやがって。


「側室に関してはその方らとハルに任せる。良きように手配いたせ」

「はっ、承って御座いまする」


 二人は平伏して俺の命に応える。


「それで、その話で来たわけではなかろう?」

「は、オガサワラの件にて」


 予想通りオガサワラ家とブデン家の戦の件だった。


「話せ」

「しからば某より」


 俺に一礼して話し出したのはトシマサだ。


「結論から申しますればオガサワラに援軍を出しまする」

「ほう、戦をすると言うのだな」

「は、理由は幾つか御座いますが、もっとも重要なことはオガサワラを出汁にブデンの力を削ぎ落すことに御座いまする」

「ブデンと正面切って戦うと言うのだな?して西はどうするのだ?」

「さればで御座います。ご舎弟、シュテン様に一軍を与え西を抑えるのが宜しかろうと存じます」

「シュテンに……戦力は?」

「抑えのみで御座れば三万、コウベエ殿もおりますれば問題ないでしょう」

「ふむ。で、何故西を後回しにし東を狙うか?」

「簡単に御座いまする。オガサワラがカモン家を、幕府を頼ってきたからに御座いまする」


 なるほど、幕府は頼った者を見捨てないと言うスタンスを内外に示す良い機会というわけだ。


「して、東にはどれほどの兵を向かわせるのだ?」

「は、五万は投入したく存じます」


 五万か、かなり多いな。

 今年は兵馬を休めると言っておいてこれでは……待てよ、うむ、そうしよう。


「オガサワラへの援軍は分かった。だが戦力は一万だ」

「一万に御座いまするか……」

「そうだ、カモンの強さを見せつける!最精鋭の一万でブデンを追い返せ」

「なるほど……しかしブデンとて一代で関東に大勢力を築いた猛者に御座れば戦力は多い方が宜しいのでは?」

「それを少数で蹴散らせばカモンの強さが天下に知れよう」

「どうあっても……」

「オガサワラへ援軍を出すのであれば少数精鋭のみだ。良いな!」

「「はっ!」」


 無茶ぶりだとは分かっているが、少数精鋭でブデンを撃退すればカモンの武名が上がり、助けを求めた者を見捨てないと内外に知らしめることができる。

 だから最新式の武装を与えている部隊を派遣させる。

 それに今年は出兵を控えると言う家臣たちへの示しも付く。一石二鳥、いや一石三鳥だ。


 

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