第106話 虜囚? な俺

 拘束はされていないが両脇を二人の兵士に固められて歩かされて虜囚の気分を味わっている。

 檻からはこの兵士達に引摺り降ろされた。オルハンの目の前を通った時に祝福を発動させて虫歯菌を大増殖させようとしたのだが、何やら力が出ない。サーリムが近くにいた時の感覚と似ている。


 またあれか。祝福無効みたいなヤツか。


 俺の不思議そうな顔をしているのを見てオルハンの口角が僅かに上る。


「シンゴ殿。残念ながら祝福は使えませぬ。憲兵や看守には珍しくない祝福ですからな」

「……それはそれは。オルハンはどういった祝福をお持ちで?」

「無闇に他人に教えるようなものではございません。さあ、司教枢機卿がお待ちです」


 祝福無効持ちってかなりの人数がいそうだな。そりゃ取り締まる奴らも相手の祝福が強力だったら返り討ちに合いそうだしね。ファイアーボール使ってきた奴らみたいに遠隔で作用する祝福なら対抗できそうだけど俺の祝福じゃあな……。


 4階建くらいの縦にも横にも巨大な建物に入っていく。入口は大きく20人ぐらいが横一列で歩いても余裕な感じの広さであり、鍾乳洞の様な装飾を施してある。青い模様が入ったタイルが全面に貼ってあり翡翠ひすいの様な石を埋め込んであったりする。

 天井が高くアーチ状になった回廊を歩いて行くとだだっ広い空間に出た。半ドーム型の屋根が掛かっており荘厳な雰囲気を醸し出している。

 ポカンと口を開けて見渡しながら歩いていると、側を歩いているオルハンがウットリとした声で説明してくる。


「ここはこの国最大の礼拝堂です。素晴らしいとは思われませんか?」

「拝む対象は置いていないようだが……」

「拝む対象とは? ……我らは天に御座おわす神に祈るのです。無礼な事を仰られると御身の無事を保障できかねますぞ」


 オルハンが打って変わって尖った声で叱責してくる。目つきが怖い。逝っちゃってるようで怖い。

 まあ、誰がどんな宗教を信じようと勝手だから余計な事を言わないほうが良いな。無益ないさかいになりそうだし。俺の扱いについては抗議したいけど。


 礼拝堂を通り抜け回廊を歩き続けると部屋に出た。扇状に椅子が配置され扇のかなめに当たる部分が一段高くなりゴッテリと装飾がついた高そうな椅子が置いてあった。

 その椅子と対面するように少し離された場所に座らされた。


「少しお待ちくだされ」


 オルハンが部屋を出ていき、四角い帽子を被った体脂肪率70%ぐらいありそうなおっさんを引き連れて戻ってきた。

 このおっさん白を規範とした金糸の刺繍を施された豪奢な服を着て、滝の様な汗をかいていてあまりお友達になりたくない感じで、なるべくお話したくない。

 滝の様にかいている汗をお付きの人間がせっせと拭いているがそれ以上に噴きだしてきているのであまり意味が感じられない。

 俺と話すより水分補給したほうがいいぞ。許して遣わすから退出せよ。


 オルハンがおっさんの横に立ち俺を指さす。


「猊下。この者がシンゴです。ご検分下さいませ」


 猊下と呼ばれたおっさんが俺の事をジロジロ見てくる。

 俺の隣に控えている兵士が足を小突いてくる。

 俺がその兵士を見るとボソボソ何か言ってくる。


「早う自己紹介せんか」

「は? 」

「猊下に自己紹介しろと言ってるのじゃ」


 いやいや俺に用は無いし呼びつけた以上、相手から名乗れよな。

 それともあれか? ここの世界の常識と俺の常識にズレがあるのか?


 俺が何も言わないのに焦れたのか兵士が警棒らしき物を取り出し俺の肩に押し付けてくる。


「猊下がお待ちだぞ。早う喋ったほうが身のためじゃ」


 喋る? なに喋るの?

 子供っぽいけど意固地になっちゃうぞ!


 オルハンが見かねたのか話しだす。


「この者が教皇猊下が仰っておりました祝福持ちでございます」

「あの女が言っておった、目に見えないほど小さい生き物を操り病気を流行らす祝福か」


 あのデブ、いや偉そうなおっさんの喋り声がキモい。甲高い声で耳がキンキンしてくる。


「左様でございます。これであの計画を進めれば猊下の思惑通りに」

「うむ。しかし、躾は必要じゃ。そして、刃がこちらに向かんように偉大なるラタール教の教えを説く必要があるな」

「ははっ。教化きょうげはすぐにでも始めますゆえ。……ただ教皇猊下への報告が」

「……そうじゃのう。報告せん訳にもいかんのう。明日にでも全枢機卿を参集させよ。その上であの女に見せれば良かろう。皆の手前下手なことは出来んはずじゃ。それまでは……」

「畏まりました。我が配下のもので固めて誰一人として近づけさせません」


 話が纏まったのか俺に目もくれずデブ。いや偉そうなおっさんは退室していった。


「何を考えておる! 」


 突然横にいた兵士が俺を突き飛ばしてきた。俺は吹っ飛ばされて椅子から転がり落ちた。さらに兵士は警棒で殴りつけてくる。

 あまりの痛さに声が出ず、亀の様に丸まるのが精一杯だ。みっともないが抵抗する手段がない。


「やめんか」


 オルハンが声を兵士にかけるが止めようとする気が感じられない。

 2,3発追加で殴られれ、兵士の怒号が鼓膜を震わす。


「貴様! 司教枢機卿猊下に失礼だとは思わぬのか! 」


 腹を蹴られて仰向けに転がされる。


――くっ苦しい!


 警棒で首を押さえつけられ息ができない。

 オルハンが兵士の肩に手を置くともう一度蹴られて離れた。


「シンゴ殿。あれは拙かったな」


 オルハンが諭すように言うが、俺は知らん。先に話をしないオルハンの手落ちだろ。首を絞められていたので言葉が出ない。


「少し部屋で休まれると良かろう。明後日からじっくりと話し合おうではないか」


 オルハンは目で兵士を促すと兵士は俺を乱暴に連れて歩かされ何処かの部屋に入れられた。

 ベッドが一つとランプがあり奥には用を足すためだと思われる壺があるだけで他にはなにもない部屋だ。

 試しに外に出ようとしたが窓は開かず、扉も鍵が閉まっているようで外には出れない。


――はぁ。


 どうするか。目まぐるしく状況が変わってついていけない。

 しかも殴られたところがズキズキして痛いし。

 ここにいたところで碌なことにならないことは目に見えるな。


――アルマはどうしたんだろう。


 檻から出されたところで別れたので無事かどうかも分からない。でも、アルマもグルかもしれないから油断は大敵かもしれないが。

 どうやって状況を好転させよう。


――あのランプを壊して火事にして、その隙に逃げるか。


 だが、高い位置にランプがあるために手が届かない。


――ちくしょう。俺は真っ暗にして寝るタイプなんだぞ!


 ジャンプしても届かないので諦めた。

 備え付けのベッドに寝転がりながらこれからどうするか考える。


――部屋の中に病原菌を充満させて嫌がらせするか。でも俺が一番先に罹患しそうだし。俺だけ除菌できても寝てる時は除菌できるのかね? うーん。やめたほうが良さそうだな。


 ごちゃごちゃと大の字になりながら考えているとノックする音と共に鍵が開く音がした。

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