第94話 溺れそうになる俺

 ぷはっ!


 溺れるかと思った。


 家からちょっと離れた茂みの中に身を潜めて荒い息をつく。


 ファイアーボールにより家が燃やされ、屋根が落ちる寸前に床下に掘った避難用のトンネルに潜り込んだ。思っていたよりも火勢が強く、服のあちこちが煤けた。そして大事な頭髪も……。


――それはまあいい。


 トンネルに潜り込むが、この辺は地下水位が高くて地下30cmぐらいで水が湧いてきてしまう。あまり浅く掘ると地表が陥没してしまうのでギリギリで掘っているために空気層が10cmもない。崩落しそうなところには丸太で土留めをしているために空気層が全く無いところもある。

 当然、濡れてしまうので松明などの灯りも持ち込めない。

 真っ暗な中を狭く酸欠になりながら手探りで出口を目指す。


 これは怖い。


 一度方向を見失ってパニックに陥り、振り出しに戻ってしまった。顔をトンネルから出すと燃え盛った火が顔の目の前で踊っている。火の粉が俺の顔に降り注いでくる。

 意を決してもう一度トンネルの中に沈んで溺れそうになりながらがむしゃらに出口へと進んだ。

 

 そうして茂みの中に隠されているトンネルの出口に辿り着く。家からはそれほど離れていない。見つかる可能性も十分にある。ただ動けない。動く気力がない。


 ジャッバールとその仲間たちが家の中で俺があそこで朽ち果てたと思ってくれればいいけどな。

 一応ダミーの骸骨は置いてあるけど……。

 家が焼けて肉も残らず骸骨になるなんて思わんだろうな。


 この周辺はゲリラ人形を3体潜ませてある。近づく人影があれば即座に攻撃する手はずになっているので不意を突かれる恐れは低いと思う。そう思いたい。

 なにせ、俺の持っているものはナイフと細々とした道具が少しだけしか持ってないからね。



 休んでいると徐々に気力が回復してくる。それに反比例して恐怖心が募ってくる。


 恐怖心に耐えきれず山頂近くにある砦に向かって歩き出す。ここからは3時間はかかるので、途中にある休憩ポイントを目指す。


 腹減ったしね。朝食も食べてないし。ストックしてあった家は燃えちゃったし。


 中腰になり、気配を探りながら家から遠ざかる。まだ500mも離れていない。なるべく音を立てないように歩くのでそれほど距離は稼げない。


 喋り声が聞こえる。


 腰を落とし、声の聞こえる方向に注目する。

 10人構成の小隊がたむろしている。下世話な話が切れぎれに聞こえてくる。


 遠回りするしかないかな。


 茂みの中を膝だちになりながら迂回する。


 少し動くと茂みが途切れている。馬の足音が近づいてくる。別の巡回している騎兵隊のようだ。

 息を潜めて様子を窺う。


 巡回している騎士が屯している兵士に呼びかける。


「おい。様子はどうだ?」

「はっ!特に問題はありません」

「そうか。正面部隊は家を燃やしたようだ。損害はないそうだが、押収物は殆ど無いそうだ。貴様らは食えそうなものは採取しておくように」

「了解いたしました。ただ、小隊一同は本日食料を口にしておりませんが輜重は回されるのしょうか?」

「……もう少ししたら撤収になるだろう。その時になにか口に出来るはずだ。当面任務を継続せよ」


 巡回している騎兵隊はどこかに消えた。


「おい。貴様ら。さっきの話、聞いたか?」


 先程、騎兵と話をしていた兵士が小隊の兵士達と話を続けていた。


「やっぱり飯がないようだぜ? 昨晩兵糧を派手に燃やされたからな」

「隊長〜。俺腹減りましたよ」


 俺も腹減ったよ。昨夜の火計は上手くいったぽいね。今日の分も無いって相当燃えたんだろうね。


「そういや畑があったよな。隊長!あそこを掘り返したらなんかあるんじゃないですかね」

「莫迦モン。任務を離れたら査問に掛けられるぞ。それにそんなもん誰かがとっくに気付いて掘り返してるさ。で、上から順番に食われて俺達には回らんよ」


 あそこは俺の畑だぞ。汗水垂らして耕して育てたのに……。主に人形達が。


「さて、重要な任務が出来た。この場は2名で警戒せよ。残りは食料採取だ」

「はっ!」


 残念ながらこの辺には食料になりそうなもの無いんだよね。俺が食い尽くしたから。


 兵士達が散開していく。

 山の中に入っていくようでこちらに近づいてくるものはいない。


 さて、大分警戒は薄れたけど、この先は適当な茂みが無いのであの2人をなんとかしないと動けない。

 ゲリラ人形の吹き矢で狙ってもいいのだが、矢が刺さると痛いし、矢が残るのですぐに気付かれてしまう。それに即効性は無いし。


 しようがない。茂みに誘いこむか。


 近くの枯れ枝を放り投げるとガサッと音がして俺の隠れている同じ茂みの中1m先に落ちる。

 音が聞こえると兵士達が槍を構えてこちらを向く。


「おい。今音が聞こえたよな」

「お前。ちょっと見てこいよ」

「えぇ〜……」


 気弱そうに返事をした兵士の1人が近づいてくる。

 茂みに近づき槍を突き立てるが、残念ながらそこには誰もいない。


 俺は突き出された槍を掴み、思いっきり引く。

 体勢を崩された兵士が前のめりになりながら茂みに突っ込んできた。俺はそのまま頭を掴み、顔を地面に叩きつけ、近くにあった岩で殴りつける。


 うひっ! ぐちゃっとした感触が伝わってきて気持ち悪い。


 ゲリラ人形はもう一人の兵士達に吹き矢を浴びる。

 俺のシナリオではもう一人の兵士が茂みに近づき様子を窺う予定なんだが、大声を上げ始めた。


「ここに誰かいるぞ〜!」


 ちょっと待って〜!


 慌てて茂みを飛び出し体当たりをする。

 兵士と共に転がる。俺はそのまま受け身を取り立ち上がり山道を駆け登っていった。

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