第62話 泊めてもらう俺
「お爺ちゃんどうしたの?」
家の扉を開けると食事の準備をしていた様子の若い女性がこちらを振り返った。ガルの孫のアルマだ。
ガルが無言で俺を指さした。
「今晩こいつを泊めることになった」
「あら、どうしましょう」
アルマは困ったように鍋をかき回しながら呟いた。
「食事の心配はしないで構わない俺の分は俺が用意するが、竈だけ貸してもらえないだろうか」
俺の背負っている頭陀袋を下に降ろし食料を出しアルマを見ると頷いてくれた。
「この前、村に来られた人ですね。砂糖をありがとうございました。」
「いや、対価を貰っているのでお礼を言われる筋合いはない」
少し突き放したように言う。
「そうじゃ。礼を言うことないぞ。お陰でこいつの面倒を見ることになったのじゃ」
ガルが怒り口調で家の奥に入っていった。
ガルの家は2間しかない。元の世界で1DKといったところか。竈があるキッチン兼ダイニング兼リビングと奥に寝室の2部屋の粗末な木造の小屋だ。
ガル達が食べているものも粗末な薄いスープと固そうなパンだかチャパティだかクッキーだかが一欠しかない。
俺は泊まらせてもらうお礼も兼ねて鹿ベーコン一塊と家で焼いてきたフワフワの白パンを分けた。
アルマが白パンを口にした。
「……美味しい。こんなパンを食べたのは初めてです」
固そうなパンを見てると皿に当たるとカツンカツンと音がなるぐらいの硬さでびっくりする。
――顎が鍛えられそうだな。
「酵母を入れてないからじゃないかな」
「酵母ってなんですか?」
「パンをふわふわにする菌種だな。それを入れて捏ね寝かしてから焼くとそのパンに焼きあがる」
アルマは小首を傾げて白パンを見つめる。
「また今度来るときに教えるよ」
リップサービスで口を開く。企業秘密をそう簡単に教えらるわけないだろ。
「来るな莫迦モン」
ガルが被せ気味に怒鳴ってきた。
「よいか?お主はこの村に取って邪魔なのだ。本来であれば殺されても仕方のないことなのじゃ」
「俺がそんなに悪事したか?」
「……この村の者達は余所者は入れるつもりはない」
「なんでだ? この村を見れば土地は痩せているようだし、村人も痩せている。そもそも若い男が何故居ない?」
「……その前になぜお主のような者が旅をしている。禿げてはいるが若いのじゃろう? まだあどけなさが顔から抜けていない。本来成人したら教会にいかねばならぬ。」
「俺もそのその辺はよく分からん。一人で生きていくようにと捨てられたらしい。だから色々教えてもらえないだろうか。対価が必要なら払う。その塩気のないスープを見ると塩も不足気味なんだろう?」
ガルもアルマも口を閉じた。
外から虫の鳴き声がやかましく聞こえる。
ガルが重い口を開く。
「……ここに来る前に廃村をみたじゃろう。あれはもともとこの村の住人が住んでいたところじゃ。街道の宿場町として栄えていたのじゃが、ラタール教やこの領主との間の諍いに巻き込また。激化していく諍いに隠れるようにこの村を作ったのが5年前じゃ。少しずつ開拓を進めていたのじゃが、1年前にラタール教があの村を襲った。この地の領主への見せしめのようじゃ。住人の殆どがあの村で火炙りにされた。生き残ったものとここの開拓していた人達だけがここにおる」
「ガルはあそこの住人だったのか?」
「……そうじゃ。儂らはそこに住んでおった。アルマの両親もな」
「それでご両親は……」
俺はアルマに視線を送った。
「わかりません。ラタール教徒が襲ってきた時にお爺ちゃんと一緒に逃げたのでその後の様子は知りません。ただ、村に残っていた両親とはその後……」
「恐らく奴らに殺られたんじゃろ。……ここは幸いな事に奴らに見つからなんだ。今はそれだけでよい」
それっきりガルは口を噤んだ。アルマも物思いに耽っているのかじっと手元を見たまま身動きをしなかった。
その夜。俺は寝室には入れてもらえず、その手前の食事をとった部屋に寝た。エバとドナドナは家の外に待機させておいた。
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