【第119話:嵐の前】

 オレ達は『草原の揺り籠』で何とかダンジョンから無事に脱出すると、オレ、メイ、キントキ、そして『ズック』の三人と一匹を残して先に獣人の村まで退避してもらう。


「ユウトっち!本当に大丈夫っちか!?それにズックっちまで……」


 グレスが心配になってもう一度確認してくるが、


「大丈夫だ!作戦通りパズにそのまま馬車ソリを牽いてもらって先に行ってくれ!あと、リリル!サルジ皇子の治療を頼んだよ!」


 と笑みを浮かべながらこたえ、そしてリリルに頼むぞと声をかける。


「はい!サルジ皇子は任せて下さい!」


 そのリリルの返事を最後に、オレの事を信じてくれた仲間たちは獣人たちの絶叫を響かせながら走り去っていく。

 しかし、サルジ皇子の意識は未だに戻っていない。

 ダンジョンからの脱出劇の最中に馬車の中で何度も回復魔法をかけていたのだが、まだ意識を取り戻すには至らなかった。


(体を乗っ取られていたんだから仕方ないか。後遺症とか残らなければいいんだけど……)


 オレは少し心配になるがきっと大丈夫だと思い直し、これから始まるだろうゼクスとの戦いに意識を集中していくのだった。


 ~


「おのれ!おのれ!おのれー!!俺様がせっかく昔の感覚を久しぶりに楽しんでいたのに!奴らめ!許さんぞ!!」


 オレ達がダンジョンを脱出したその頃、ゼクス達は崩れ去るダンジョンを少し煩わしそうにする程度に、何事も起こっていないかのようにゆっくりと地上に向けて歩いて向かっていた。

 いや。歩いていたのは先ほどまでで、今はその漆黒の翼を使って優雅に羽ばたきながら疾駆するパズに迫る速さでダンジョン内を移動していた。

 そしてその速さに遅れることなく二つの影が付き従う。


「ゼクス様。奴らを討つ役目はぜひ私に。切り刻んで差し上げますわ」

「いいえ。奴らを討つ役目はぜひぜひ私に。小間切れにして差し上げますね」


 苦も無くそのスピードで並走するのは勿論『クスクス』『トストス』である。


「いいや。あの使途は俺様がやる。今回ばかりは俺様が直々に引導を渡してやる!」


 ゼクスは漆黒の羽根に包まれた人ならざるその姿に、更に不気味な笑みを浮かべてそうこたえるのだった。


 ~


「さて。ゼクスの姿は捉えられないが、今いる場所さえわかれば『第三の目』である程度の場所は把握できるな」


 オレは凄いスピードでダンジョンの壁に軋みを発生させながらこちらに向かってくる気配を捉えて皆にそう伝える。


 そして、とりあえずあいさつ代わりにとダンジョンの出口付近と後方に障壁を『二つ』展開する。


≪我は『残照ざんしょう優斗ユウト』の名において力を行使する≫

安寧あんねいの境界≫


 光の障壁を展開し終えたオレは後ろを振り返ると、


「じゃぁ、ズック。頼めるか?」


 そう言ってズックに話しかける。


「うぷっ……、ま、任せてよ!そのために着いてきたんだ!」


「あぁ。悪いな……。後でパズには説教しておくから……」


 若干ズックに悪い事をしたと思いながらも、ズックには後方に展開した方の障壁の後ろに隠れてもらう。


 そうして準備を整え終わった時だった。


 ドゴォォーーーーン!!


 凄まじい衝撃音が響き渡る。


「おぉぉ。見事に引っかかったでござる!」

「がぅぅ!」


 メイとキントキが一瞬喜ぶのだが、今度は先ほどの衝撃音を上回る轟音が響き渡ると、光の障壁が光の粒子となって消滅するのだった。


「小賢しい奴め!俺様をここまでコケにした奴は1000年の中でお前が初めてだ!」


 先ほどダンジョン内で会った時よりも一回り大きい姿となったゼクスが嫌らしい笑みを浮かべながらこちらにゆっくり近づいてくる。

 もちろん二人の少女を従えて。


「1000年の歴史の中でオレが初めてとは、それは光栄ですね。ついでにその歴史に終止符をうたせて欲しいなぁ~なんて思っているのでよろしく」


 オレも大概ゼクスに対して腹を立てていたのだろう。

 つい挑発するような言葉が口をついて出てくる。


「本当に生意気な奴だ。たかが使徒の分際で思い上がるな!……ん?貴様……あの体を逃がしたのか……」


 グレスやサルジ皇子の姿が無いのに今頃になって気付いたゼクスが更に怒りをつのらせると、


≪我が声に従いし闇夜の魔物よ!我が血肉を対価にその姿を現せ!!≫


 と、叫びながら腕の肉を羽事引きちぎる。


「な!?何でござるか!?」


 メイのその視線の先には大きな闇の紋章が現れていた。

 そしてその闇の紋章から轟音と共に闇が噴出したかと思うと、大きな影が飛び出し正確にパズ達が向かった獣人の村の方に駆け出してしまう。


「しまった!?」


 オレはすぐに止めに向かおうとするのだが……、


「どうした?俺様の相手をしてくれるんだろう?」


 目の前には耳元まで裂けた口で底冷えのするような笑みを浮かべたゼクスが行く手をさえぎっていたのだった。

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