第三章 追憶と悔恨

【第91話:蠢動】

 風が吹いていた。


 雲一つない青空の下、遥か遠くから旅してきた風が草原を波となって流れていく。


「ここは何という国になるんだ?」


 一人の男が横に控える少女二人に問いかける。


「ここはオーレンス王国という小さい国のようですわ」

「とっても小さな国のようですね」


 その少女たちは丈の短い着物のような服に身を包み、今にも消えてなくなりそうな儚い少女の姿をしていた。

 しかし……、その瞳だけは消え入るどころか何もかもを消し去ってしまいそうな強さを宿していた。


「とっても小さい国ですので我ら二人でも攻め滅ぼせそうですわ」

「二人で十分ですね」


 そしてその瞳に宿る強さが本当の姿だった。

 その少女たちの本当の名は『クスクス』と『トストス』。

 今まで歴史の影で数えきれない厄災を振りまして来た中位魔人だ。


「滅ぼさなくとも良い。俺様は今はとても気分が良いのだ。日の差し込まない世界でいったい何年燻っていたと思っている。たまにはのんびり日の光を浴びてもいいだろう?」


 男はクツクツと笑いながらそう答える。


「ゼクス様がそうお望みならそうしますわ」

「お望みならそうしますね」


 その男の正体は『魔人ゼクス』。

 死の権化であり、災禍を振り撒く者。


 しかし、今は人の姿をしていた。

 ゲルド皇国次期皇帝になるはずだった男『サルジ・ゲルド』の姿を。

 ゼクスに取ってこの男の体を乗っ取ったのは気まぐれ。


 それが人の体になってみると今まで感じた事の無い感情が湧き上がって来るのを感じた。


 朝、日が昇るのを見て『綺麗』だと思った。

 雲の無いただの青空をみて『気持ちいい』と思った。

 風をその身に感じて『心地よい』と思った。


 はじまりの森で指示された作戦が失敗に終わった時、消えそうになっていた呪いの力を集めて以前から作ってみたかったこの呪具にんぎょうを作り出した。


 それが思いもよらない感情や感覚をゼクスにもたらしていた。


「今はゆっくりした時間を望んでおる。そのために遺跡に寄ってきたのだからな。しばらくはこの国で色々遊んでみようではないか」


 そう言って漆黒の闇を操ると、二人の少女クスクスとトストスを包み込んで霧のように消え去るのだった。


 ~


 皇都ゲルディア。

 ゲルド皇国の東に位置するこの都では、昨日までの激戦が嘘のように静かな朝をむかえていた。

 所々に崩れてしまった建物や焼け落ちた跡などがみられるが、それでも皇都の住人は前を向いて明るい表情をしているように思えた。


 それは絶望的な戦力で攻め込んできた魔物の大軍を相手に勝利を収めたからだろうか?

 オレ達にそのハッキリとした理由まではわからなかった。

 だが、この沢山の見送りに来てくれている街の人々の表情を見れば、頑張って良かったと素直に思う事ができた。


「ユウトさん。それじゃぁそろそろ行きましょうか?」


 その声に振り向くと、【神器:草原の揺り籠】の窓から顔をのぞかせたリリルがこちらを見てほほ笑んでいた。


(こうして見るとやっぱり美少女だよなぁ……)


 オレが一瞬リリルに見惚れていると、


「ばふぅ!」


 スコン!


 パズが早く来いとばかりに後頭部に氷のつぶてをぶつけてきた。

 だが、すっごい痛かったが何事もなかったようにふるまってオレは馬車ソリに乗り込む。


(痛って~!?でも、こんな街の人がいるまで痛がるのも恥ずかしいし我慢だ!)


 と、内心思っていたのは絶対の内緒だった。


 「凄いでござる。ユウト殿は石頭だったでござるか……」

 「がぅがぅ……」


 と、メイとキントキが変な方向性で感心していたがこちらもスルーの方向でお願いしたい……。


 ~

 パーティー『あかつきとき』最後のオレが乗り込み終わると、見送りに来ていた人たちから歓声が上がる。

 その歓声はオレ達に向けたものではなかった。


(あぁ。やっぱり気付いたか~)


 オレは少し悪戯っ子のような表情を浮かべると【権能:見極めし者】を発動。

 そして権能で気配をさぐると、遠くからもの凄いスピードで近づいてくる人物を察知する。

 その近づいてくる人物。それはこの国唯一のお抱えプラチナ冒険者『グレス』だ。

 もちろんこの歓声もこの国の有名人でもあり人気者のグレスに対するものだった。


「ひどいっち!何こっそり出発しようとしてるっちか!?」


 グレスはかなり慌てて準備を整えたらしく、大きなリュックをパンパンに膨らませて必死の形相で駆けてくる。

 その荷物を見てオレは、


「その背負っている巨大なものはなに……?とりあえずその巨大なものを整理して3分の1ぐらいにしたら連れてくよ……」


 そう言ってため息をつく。


「う!?急いで減らすから待ってくれっち!」


 こうしてグレスとも合流してオレ達の出発の準備はようやく完了する。

 まぁまだグレスの荷物整理は続いているわけだが……。


 そもそも昨日オレ達のパーティーを雇いたいと言ってきたグレスだったのだが、大したお金を持っていなかった……。

 稼いだお金は自分が育った孤児院に多額の寄付をしたり他の孤児院数軒にも同じような事をしていたみたいで、プラチナ冒険者なのにオレ達より所持金が少なかったのだ。


(まぁそもそもオレ達はいらないって言ったのに、払うときかなかったのはグレスの方なんだけどな……)


 オレは内心そんな事を思いながらも、


(良い奴だな。サルジ皇子が生きている事はセリミナ様が教えてくれたし、グレスのためにも絶対救出しないと……)


 そう心の中で誓うのだった。

 ただ……、お調子者のグレスは思わずからかいたくなるキャラをしているので、


「グレス!じゃぁオレ達先に出てるから荷物整理したら追いかけてきて!」


 と言ってゆっくりと進みだす。

 するとグレスは、


「ちょっ!?パズっちが本気だしたら追い付けないっちよ!」


 と叫びながら、器用にも荷物整理をしながら走って追いかけてくるのだった。


 ~


 こうして一人の仲間が新たに加わった新生『あかつきとき』は、沢山の街の人に見送られて『崩れ去った遺跡』に向けて出発するのだった。

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