【第85話:ゲルド皇国の戦い その12】

 そこは日の光は届かず、全てが薄暗い闇に覆われていた。


【世界の裏側】


 特に正式な名は無く、あらゆる呪いが渦巻く場所。

 古の神ヒリウスが自身を生贄にして作り出した世界。

 そこにその者たちは身を潜めていた。


 ~


 その者の名は『ゼクス』。数千年を生きる上位魔人の一人である。

 悪夢から這い出てきた悪魔のようなその姿は、漆黒の羽根で全身が覆われており、見る者すべてに恐怖を植え付ける姿をしていた。


「どういう事だ。俺様が打ち込んだ『呪いの楔』が二つもはずれているではないか」


 ゼクスが言った『呪いの楔』とは街にかける大規模な呪術の要になる貴重な呪具であった。

 ゼクス自らがミングスとドミスの街を滅ぼした時に、地中深くに打ち込んでおいた楔の反応が消えている。


 その貴重な楔が無くなった。


 ゼクスはただその事が億劫おっくう憂鬱ゆううつしゃくにさわった。


「そ、それがですね……」


 配下の下位魔人の一人が報告しようと口を開くが恐怖でその先が続かない。


 ザシュッ!!


 ゼクスから放たれた闇の斬撃が配下の下位魔人の腕を切り飛ばす。


「ぎゃぁぁ!」


 腕を切り飛ばされた下位魔人が絶叫するが、ゼクスはまったく興味なくただ報告しろと続きを促す。


「さっさと報告しろ。次は首を飛ばすが首が無くてもお前は報告できるのか?」

「ひっ!ほ、報告じまず!加護を受けた者を含むパタ王国からの救援部隊に二つの都市を奪還されてしまった模様です!」


 慌てて報告する配下の魔人だったが、


「そうか。つまらん報告だな」


 と言ったゼクスの前には既に頭のなくなった下位魔人の亡骸が横たわっていたのだった。


「フフフ。ゼクス様ぁ~その者達の始末はぜひこのクスクスにお任せくださいませ」

「フフフ。ゼクス様ぁ~その者達の始末はぜひこのトストスにお任せくださいませ」


 と妖艶な笑みを浮かべながら二人の女の魔人が前にでる。


 その魔人の名は『クスクス』と『トストス』。

 ゼクスの右腕と左腕として数百年に渡り、歴史の裏舞台で暗躍してきた中位魔人だ。

 その強さは姿から想像するのは難しく、二人とも見た目は美しい少女の姿をしていた。

 しかし、その提案にゼクスは、


「いや。今回はオレも行こう。何か面白そうな匂いがするんでな」


 と不気味な顔に更に不気味な笑みを浮かべてこたえるのだった。


 ~


 皇都ゲルディアを守る城壁の上で束の間の休息を取る兵士たちにまじって、呑気に鼻歌を交じえながら歩ている男がいた。

 男の名は『グレス』。この国の唯一のプラチナ冒険者だ。


「サルジ皇子~♪食料調達してきたでありま~す!」


 お調子者丸出しのグレスは、城壁の隅で配給していた食事を数人分かっぱらってきたとサルジ皇子に差し出す。


「まったく……グレスよ。私の体はそんな巨漢に見えるか?」


 話しかけられた者の名は『サルジ・ゲルド』この国の第一皇子だ。

 サルジ皇子はその無礼な物言いを全く気にした様子もなく、ただ本当に「かっぱらって」きたのだろう数人分の食事を見て苦笑いを浮かべる。


「ぅんにゃ~。細身のイケメン皇子に見えるな~」


 まぁ余れば側近の近衛兵にあげれば~?とおどけながら食事を差し出してくる。


(まったく敵わないな……。最初からそのつもりか……)

「あぁ。それならありがたく頂くとしよう」


 そう言って数人の近衛兵も呼び、遠慮するのを無理やり一緒に食事をとらせるのだった。


 ~


 しかし、このようにゆっくり出来る時間は闇の眷属の軍勢はわずかしか与えてくれなかった。


 カンカン!カカン!カンカン!!


 見張り塔から発せられる警報に全ての兵士に緊張が走る。

 このなり方は飛行できる魔物の襲来を知らせるものだったからだ。


「くそ!またハーピー共か!鳥と人間との出来損ないめ!」


 近くにいた近衛兵の一人が毒づくが、今まで散々苦汁をなめさせられているので皆同じ気持ちだった。

 しかし、そこでグレスが何かに気付く。


「!? やっべぇー!?ワイバーンが混じってるぞ!!いつも以上に気を付けるっちよ!!」


 その警告に皆愕然とする。

 もう既に沢山の仲間を失い、自身もみな満身創痍の状態だったからだ。

 しかし、ここでグレスが魔力を纏い、


「でも……ワイバーンなんて取るに足らないっすよ!気をしっかりもつっち!」


 と言って腰からY字型の紐のついた棒切れを取り出すとワイバーンに狙いを定める。

 何の変哲もないこの世界のパチンコだった。

 その姿はグレスを知らぬ者がみればその言動と相まってふざけているとしか取れなかっただろう。

 だが……。


「ブレイズーーーショットーーーー!!」


 そう叫ぶグレスの前に薄く大きい魔法の膜が出現する。


 ボシュッーーーー!!


 そしてその撃ちだされた小さな小石は、その魔法の膜を通った瞬間に巨大な炎を纏い矢よりも早い速度でワイバーンに向かっていったのだった。


「シギャァァァァ!」


 まだ距離があり警戒していなかったワイバーンはその巨大な炎の玉の直撃を受けてしまう。

 そして炎の玉はワイバーンの体に当たった瞬間に大爆発を起こし、さらに周りにいた数匹のハーピーを巻き込んで撃ち落としたのだった。


【権能:撃ち放つ者】

『あらゆる遠隔攻撃に強力な属性魔法を付与する力』


「「「うぉぉーーー!グレスさんの力があればワイバーンも何とかなるぞー!」」」


 グレスは先制の一撃でワイバーンを倒すことで絶望の色を払拭する事に成功したのだ。

 そしてサルジ皇子もグレスの思惑をくみ取って呼応し、周りの兵士たちを鼓舞して士気を高めていく。


 しかし……今日だけで既に5度目となる魔物の襲撃に、皇都ゲルディアはもう陥落寸前の所まで追い込まれていたのだった。

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