第77話 患者もいろいろ-ホスピスの日々-ホスピスでボランティア
ホスピスには、「生きてきたように死んでいく」という金言があります。
「余命あと1カ月」となっても、人は急に生き方を変えることはできないのです。
ホスピス病棟に入院して、ボランティアをしてくださった患者さんがいます。
後に、この方のドキュメンタリー番組が、テレビで放映されました。
現役のお坊さん(男性)です。
膵臓がんの末期でした。本人は自分の病気をよく理解しておられました。
ホスピス病棟(緩和ケア病棟)への入院は、本人が病名を知っていることが必須条件です。どこのホスピス病棟でも、入院基準にこれは入っています。
がんの終末期に引き起こされる痛みなどの症状を緩和する、症状コントロールがうまくいっていたので、病気が重症の割には落ち着いた入院生活でした。
ホスピスケアの基本原則には、「人間の尊厳性を尊重する」「QOL を重視する」「 症状コントロール」の3原則があります。(⇒豆知識)
2番目の「QOLの重視」とは、人生の最期にあって、本人の希望の生き方をサポートすることをいい、 症状がうまくコントロールされた患者さんにとっては、QOLの重視はきわめて大切なものとなるのです。
この方はお坊さんですから、がんになるまでは、現役で住職の仕事をなさっておられました。お寺で葬儀を執り行い、お経をあげたり、講話をしたりの毎日だったのです。
現役のお坊さんなら、ホスピス病棟の入院患者さんのためにも、ひとつ働いてもらおうと考えたのです。それは本人のQOLのためにもなるからです。
私たちが立ち上げたホスピス病棟は、その頃日本ではキリスト教や仏教系のものが多い中で、宗教は無しで行こうということにしました。
といっても人生の最期にあっては、そういう宗教的なものを求める人は少なからずおられます。
特定の宗教はないとしても、心の内では宗教性あるいは霊性を求めるのが、人間なのです。
そのニーズに応えるため、私たちはホスピス病棟内に、「会堂」という患者さんが瞑想したりお祈りしたりする集会所を造りました。
その窓にはステンドグラスを張って、いかにも厳か(おごそか)な雰囲気をかもし出したのです。
各ベッドにイヤホンを設置して、会堂で話される講話や説教を、ベッド上で個人的にも聞けるようにしたのです。もちろん会堂に来れる方は、直接聞くことも出来ました。
このように宗教的な触れ合いの機会を設けたのです。
ボランティアで講話をしてくださる方は、キリスト教の牧師さんだけでした。
他宗教の教師も呼びたかったのですが、予算とマンパワーの都合で、牧師さん一人となったのです。
その代わり、ホスピス病棟のコーディネーターが、歎異抄(たんにしょう:親鸞の法話)をマイクを通して毎日朗読していました。
このような中で、お坊さんに白羽の矢が立ったのです。仏教の講話をしてもらおうと、お願いしてみました。
本人もボランティア精神旺盛な方で、喜んで引き受けてくださいました。
自ら膵臓がんの末期にあって、会堂に集まった患者さんを前にして、講話をしてもらったのです。
「生きるとは何か、死とは何か」
自分にも目前に迫りくるテーマです。
マイクを置いたテーブルを前にして、椅子に腰をかけ、僧衣こそ着ませんでしたが和服姿で、30名ほどの聴衆を前にたんたんと語られました。
その時は目が輝いていました。講話をすることがその方の生きがいでもあったのです。
そのイベントはお坊さんのためという一面もありましたから、聴衆ゼロとはいきません。
スタッフ全員で、患者さん以外にも声をかけてまわりました。病棟外からも多くの人たちが聞きに来てくれました。私たちもいっしょに聞いたのです。
時には話しながら、感涙にむせぶときもありました。
しかし病気は待ってくれません。次第に衰えていく体力。最後は車椅子にのって、酸素吸入をしながらの講話でした。
週に1回の講話は亡くなられる直前まで続きました。
最期は、みんなに見守られながら、全く取り乱すこともなく眠るように逝かれました。
スタッフみんなで、涙を流しながら、お別れ会をしたのです。
*豆知識
1 尊厳を守る
人間には、いかなる状態にあっても、人間であるという尊厳があります。尊厳を守ることは、ホスピスケアの基本原則です。
2 症状コントロール
症状コントロールとは、がんに伴う痛みなどの症状を、モルヒネ投与などの適切な処置によって緩和することをいいます。
3 QOLの重視
QOLは、Quality of Life の略で、生活の質をいいます。QOLの重視とは、延命という量的なものより、生活の質を大切にしようというものです。
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