第68話 患者もいろいろ-もともとの顔?
56話の「前からそんな顔」でも書きましたが、私が患者さんを診察する時は、まずその顔付きを見ます。顔付きの生気の有無は、病気の重篤さを即断するのに大切な情報だからです。
顔付きでも、目の大小、鼻の高低といったものは、元気とか生気とは関係無く、生まれつきのものです。
こういう生まれつきのたぐいは、たとえ医者であっても、おいそれとは口に出せないものなのです。
「その顔は元々なんですか」
なんて、本人からならともかく、こちらからはいい出しにくいのです。
うかつに口にしようものなら、
「セクハラだ!」(←(^ω^)何ハラでしょうかね)
怒らせてしまいます。
ある日外来をやっていると、特別養護老人ホームに入所していたおばあさんが、車椅子に乗って救急外来にやってきました。施設の人と家族の人が付き添っていました。
診察室に入ると、私は一瞬異様な感じを受けました。車椅子に座ったおばあさんは、口を大きく開けたまま、後ろにのけぞった格好をしています。
「この顔付きはもともとなんですか?」
脳梗塞の後遺症で、こういう顔付きの人は時にいるものです。
もともとの顔付きなら後遺症のせいだろうと、私はたかをくくっていたのです。
施設の人が、
「今日、病院から移ってきたばかりなので良く分かりません」
というのに対して、家族は、
「とんでもない。昨日までは普通だったんです」
家族が昨日とまったく違うというので私も驚いて、
「急に起きたのなら脳の中で大きなことが起きたに違いありません。ここでいろいろ調べるよりも、昨日まで入院していた病院に戻った方がいいでしょう!!」
声を荒らげてしまいました。
今まで入院していた病院なら、以前の検査所見と比較できますし、何よりもその患者さんの病態を把握しているからです。
話しかけると、おばあさんは話をきちんと理解できます。口を開けたまましゃべろうとさえするのです。
「ふぎゃふぎゃ、むにゃむにゃ……」
脳梗塞の重い後遺症がある人には、これほどしっかりした反応はないことが多いのです。
(昨日まで普通にしていた人が、何で急に口を開けて……)
そんなこんなを家族と話しているうちに、私は、ハッと気づきました。
「もしや顎が外れたのでは」
時々慢性病棟で、顎が外れて、口を開けっぱなしにしている高齢の患者さんを見ます。
それをふと思い出したのです。
整形外科の先生に応援を頼みました。
整形の先生が口の中に指を差し入れて、顎関節脱臼の整復を試みました。(⇒豆知識)
「ガクン」
鈍い音をたてて、顎が整復されました。
おばあさんは口を閉じることができて、普通の顔付きになりました。
廊下で待っていた家族の人を呼んで、
「いつものおばあさんはこんな顔付きですか?」
「そうです!そうです!こんな顔です」
家族は大きくうなずいて、おばあさんの顔をなでています。
やはり顎が外れていたのです。しかも痛いので後ろにのけぞって、身動きが取れなかったのです。
これで一件落着。
といいたいところでしたが、しゃべろうとするとすぐはずれてしまうので、しばらくは口が開かないように、おたふく風邪の時のシップのように顎を包帯で固定しました。
「やれやれ。元の病院に帰してたら、とんだ恥をかくところだったなあ」
胸をなでおろしたのです。
「顔付き」と同じように、「意識状態」というのも大変判断が難しいものです。特に高度の認知症がある場合には、なおさらです。
こちらとしては初めて診るので、普段の意識状態は分かりません。高度の認知症なら少しばかりの不穏は普通だろうという先入観を、往々にして持ってしまうのです。
80代のおばあさんが意識障害で入院してきました。おばあさんは朝10時ころ昏睡状態になったというのです。
救急車で病院に到着した時、ただちに意識障害の救命手技であるブドウ糖の静注を行いました。
すると意識が徐々に戻ってきました。血糖値を計ると34と低いので((^ω^)⇒普通は100くらい)、低血糖による昏睡と診断したのです。
入院させると患者さんは、不穏気味になって、何か訳の分からないことを大声でいっています。
脳梗塞を2度も起こして半身不随の人なら、不穏気味はいつものことだろうと私はたかをくくっていました。(←(^ω^)この人、たかをくくり過ぎだわ)
しばらくして家族がやって来ました。
患者さんの様子を見るなり、
「これは普通じゃない!おかしいおかしい」
ワイワイ騒いでいます。
「ええっ、ホント!いつもこうじゃないの!?」
私は家族が叫ぶのを聞いて、しばし呆然としていました。
念のためにもう1度、ブドウ糖を静注してみました。すると、おばあさんは普通の落ち着いた状態に戻ったのです。
家族は喜んで、
「これが普通です、これが普通です」
よくよく家族に話しを聞いてみると、この患者さんは、5年前にインスリノーマ(⇒豆知識)と診断され、その腫瘍部位も確定されていましたが、手術はしないで放置されていました。
そのインスリノーマからのインスリンの過剰分泌により、低血糖を起こしたのです。
それ以後、寝る前と夜中の定刻にブドウ糖を口から補給することで、低血糖による昏睡は起きなくなりました。
日頃診ていない患者が、突然救急外来にやってくると、その全体像をつかむのに医療者は四苦八苦するものなのですよ。(←(^ω^)これ、ほんとに大変だわ)
* 豆知識
①顎関節脱臼
顎関節脱臼がくかんせつだっきゅうは、顎の関節の脱臼をいいます。
顎関節脱臼の分類:下顎頭の位置により前方脱臼、後方脱臼、側方脱臼に分類されます。顎関節脱臼においてほとんどのケースが前方脱臼です。
症状:顎関節が外れている状態のため口が閉じられない。頬骨の下に下顎頭が突出するため人相が変化するなどです。
治療:前方脱臼の場合は比較的簡単に元に戻すことが出来ます。整形外科や口腔外科、柔道整復師などで徒手整復してもらいます。
習慣的脱臼になっている場合は手術も考慮します。
②インスリノーマ
インスリノーマ(insulinoma)とは、膵臓に発生するインスリンを分泌する内分泌腫瘍です。大部分はランゲルハンス島β細胞由来の腫瘍で、80~90%が単発の良性腺腫です。
症状:低血糖の症状を呈します。
診断:空腹時血糖・インスリン検査・CTやエコ―などの画像診断。
治療:対症療法:インスリノーマが発見され、頻回の低血糖で全身状態が悪化しているときは、経口あるいは経静脈的な糖の補充を行います。
外科手術:治療の第一選択。核出術を行います。
参照:Wikipedia
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