第59話 患者もいろいろ-胸痛 その2

 前話と同じような経過をたどった胸痛の患者を、もう1人経験しています。


 私は割合、患者離れがいい方なのです。(←(^ω^)乳離れではないよ)


 私のいう「患者離れ」とは、自分の技量を越えると思われた時には、すみやかに他の医師や病院に紹介することをいいます。


 従来から、患者を診療する際には、「病気は顔に出る」、「疑わしきは罰せよ」、「深追いをするな」という3つの経験則にのっとって、私は診療してきました。


 「病気は顔に出る」「疑わしきは罰せよ」は、前話でも書きましたね。


 患者の顔付きや雰囲気から、奥に潜んでいる患者の病気の重篤さを見抜かなければなりません。それが「病気は顔に出る」ということです。(←(^ω^)占い師みたいだね)


 「疑わしきは罰せよ」とは、迷ったときは、最悪を考えて治療すべきだということです。軽く考えてそれが外れた場合は、致命傷になることがあるからです。(←(^ω^)裁判官とは反対だ)


 3番目の「深追いをするな」というのは、他の医師を希望する患者は、躊躇なく手離しなさいというものです。


 外来や入院患者が、時々よその病院に転院したいと希望してくることがあります。私はその理由を聞いて正当であれば、あっさり認めることにしています。(←(^ω^)あんまり多いと寂しいがね)


 憤慨してそれを拒み、深追いすると、往々にして医療訴訟などを招いて、痛い目に会うことがあります。


 この「深追いをするな」というのが、私の「患者離れ」に関係しているのです。


 患者離れがいいと、患者のためには良いかも知れませんが、病院の経営者からすれば、儲けが減って困るわけです。よく事務方からクレームをもらいました。


「せっかく手に入れた患者をよそに行かせてしまって、あの医者め……」


といったところですね。


 毎日の診察患者数を一覧表で見せられても、患者のためになることをしてなぜ悪いかと抵抗して、医者稼業を続けて来たのです。


 余談ですが、その逆に、患者集めのめっぽう上手い医者もいましたよ。


 医者にとって、外来の患者数というのは、一種のステータスといってもいいでしよう。医局ででかい顔をしておられるのです。大いに自己満足もできます。


「待合室に患者がいっぱい待っていると気持ちがいいよ」


 そう豪語していた医者がいましたね。


 少ない医者は稼ぎが少なく小さくなっています。今では、稼ぎに応じて報酬つまり給料を調整する病院も多く見受けられるのです。売り上げを上げるために、検査や処方薬は必然的に多くなります。


 「あれはヤブだ」と、他の医者の悪口をいって、自分の担当日に患者を来させる医者もいました。用意周到にも、自分の診療担当表を名刺のように作っておいて、それを配るのです。(←(^ω^)まるで選挙みたいだよ)


 診察日を間違えてたまたまやって来た患者を診ると、自分の外来日に引っ張って行くのです。これでは患者の取り合いになります。


 当然、他の医者は怒ります。険悪な空気が医局の中に流れ、ついには罵倒が飛び交いケンカになるのです。


 他称でなく、自称「名医」に、そのきらいが強いように私には見えました。


 迷医の私は、名医でもないのに名医などというとんでもない口コミが広がって、迷医のわりには患者さんが多く来てくれたのでした。(←(^ω^)どうだい)


 話しをもとに戻します。(←(^ω^)前置きが長いね)


 ある日の夕暮れ時、外来をやっていると、60代の男性患者が来ました。主訴は胸痛です。しかも今までに経験したことのないものだといいます。


 診察したのは既に5時近く、終了時間がせまっていました。


 急いで心電図を取りましたが、特別な異常所見は認めません。


 数日前から時々痛むということと、その痛みの具合からして、私は狭心症を疑い、精査した方が良いと考えました。


 狭心症は発作時でないと、心電図には異常が出ません。つまり、心電図に異常が無いからといって、問題なしとするのは、こういう場合は大変危険なことなのです。(←(^ω^)次話に失敗談を書きますね)


 うちの病院では心力テはできませんので、高次病院に紹介することにしました。


 虚血性心疾患(⇒豆知識)が疑わしい時は全員、懇意にしている高次病院に紹介することに私はしていたのです。まさに「患者離れ」がいいのです。


 狭心症の治療薬として、フランドルテープとミオコールスプレーを処方して、紹介状を書き、今取った心電図を添えて、なるべく早く高次病院に行くように指示しました。


 その後、その患者さんがはたしてちゃんと紹介した病院に行ったかどうかは、知るよしもありません。


 ところが数日して、紹介した病院から連絡が入ったのです。


 私の外来にかかったその夜中に、患者さんは胸痛発作を再び起こして、そこへ救急車で運ばれたというのです。


 救急外来に到着してすぐ心電図を取りましたが、典型的な虚血性心疾患の所見はありません。心電図では診断できなかったのです。


 手をこまねいていたところに、幸いにもこちらから手渡した心電図を患者は携行していました。


 それと比較してよく見てみると、心電図の波形が少しだけ違っていたのです。


 それで急性心筋梗塞(AMI)がきわめて疑わしいということになって、夜中の緊急心力テとあいなったのです。


 すると、冠動脈の急性閉塞が見つかり、心筋梗塞と診断してすぐ処置できたという高次病院からの返事でした。


 心電図でははっきりと診断がつけにくい心筋梗塞は、時々あります。梗塞を起こした心臓の壁が、心電図では診断しにくい位置にあったりするからです。


 「疑わしきは罰せよ」は、この時も正しかったのです。


 しっかりとした集計ではありませんが、私がおかしいとにらんで高次病院に紹介し、心カテを受けた患者さんのうち、4割くらいが当たっていました。(←(^ω^)迷医にしてはやるね)


 余談ですが、他院に紹介された場合、患者さんもしくは家族が、その経過の報告をくださると、私たちは助かります。再び元の病院にかかることもありますから、本人にとっても役に立つことがあります。


 今回のように、高次病院から連絡があったので、我々はそれを知ることが出来たのですが、時には行方知れずになってしまうこともあるのです。


 医者にとってはその行方は心配なことですし、責任問題にもなりかねません。


 一度、私が外来で診ていた一人暮らしの患者さんが、自宅で心肺停止になったことがあります。


 近所の人の通報で救急車が駆けつけましたが手遅れでした。本人が持っていた病院の薬袋から当院の名前が判明し、事情聴取のために警察から連絡が入ったのです。私が現場にかけつけ、死亡確認をしたのでした。


*豆知識


①虚血性心疾患 (きょけつせいしんしっかん, IHD: Ischemic Heart Disease)とは、冠動脈の閉塞や狭窄などにより心筋への血流が阻害され、心臓に障害が起こる疾患の総称です。


 狭心症や心筋梗塞がこの分類に含まれます。


 AMIは、acute myocardial infarction(急性心筋梗塞)の略です。


 最終診断は、心臓カテーテル(心カテ)からの冠動脈造影によってなされます。(←前話の心カテの豆知識も見てね)


 参照:ウィキペディア


②胸痛の大ざっぱな見分け方(←(^ω^)迷医の経験則)


 胸痛は大きく分けると、胸壁由来のものと、胸腔内臓器由来のものの、2つに分けられます。


 胸壁で起こるもの:肋骨骨折、胸壁の筋肉痛、帯状庖疹、肋間神経痛など


 胸腔内で起こるもの:胸膜炎、気管断裂、食道破裂、虚血性心疾患、 大動脈解離など


1)胸壁由来の痛みは、大きな呼吸をするとそれに合わせて痛みが出ます。


 また、胸壁を強く押したり、たたいたりすると、患部に直接触れるので、痛みが強くなります。


 胸腔内の病気でも胸膜に病巣が波及している場合は、大きな呼吸をすると痛みが出現します。例えば胸膜炎の場合や、がんが胸膜に浸潤している場合などです。


2)狭心症や心筋梗塞の場合に起こる胸痛は、左胸から背部にかけて、強い痛みを感じます。


 今まで経験したことのない痛み。


 冷や汗が出るような痛み。


 呼吸が出来なくなるくらいの痛み。


 などと患者さんは訴えます。


 痛みは狭心症の場合は、分単位で続きます。病院に到着する頃にはおさまってしまっています。


 急性心筋梗塞の場合は、痛みはすぐにはおさまりません。


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