第24話 葬儀屋さん

 相続や葬儀の方法など、生前に本人の意思を確認しておくことの必要性は久しく言われていますが、なかなか簡単には行かないようです。死を口にすることが病院ではタブーだからです。


 患者さんの死が近いと予測されると、家族にその説明が医師やナースからなされます。死後のことは前もってその段取りを決めておく方が良いでしょう。亡くなってから慌てて、葬儀をどこでどのようにしようと考えていると、遅過ぎます。特に親戚が多い場合などは、話がまとまらないことが、時にはあるのです。


 大病院は分かりませんが、中小病院は、特定の葬儀屋さんと契約しているところが多いようです。その方が、双方にとってメリットがあるからです。


 葬儀屋さんにとって、病院と手を組まない手はないのです。


 死人が出る確率は、病院が圧倒的に高いですもんね。(←(^ω^)世間一般に比べて、という意味で、"誤診が多い"という意味ではないよ)


 病院にとっても、何らかの見返りがあります。現金であったり、現物であったりします。私の勤務した病院は、新品の救急車を寄贈してもらっていました。


 今思うと、救急車と葬儀屋さんって、妙な取り合わせですね。(←(^ω^)といって霊柩車はないよね)


 病院で患者さんが亡くなると、連絡を受けた葬儀屋さんが来て、遺体を家族の希望する場所に搬送してくれます。病院と契約した葬儀屋さんの場合、概ね搬送は無料でしてくれます。


 別に搬送は葬儀屋さんでなくても、死亡診断書さえ携行すれば、自家用車で運んでも構わないのですが、互助会などに加入している人が増えていて、自分の車で運ぶ家族は最近ではほとんど見かけません。


 新米というのは医者に限らずどこにもいるもので、葬儀屋さんにも新米がいました。


 葬儀屋さんは、白衣を着た2人の方が、車に積んだストレッチャーを持って病室にやって来ます。そのストレッチャーに遺体を乗せ、白い布で全身を覆って、部屋から出て車で搬送します。葬儀する場所に着いてから棺桶の中に遺体を移して安置します。


 ある時患者さんが亡くなり、葬儀屋さんを呼びました。ところがその葬儀屋さんはまだ設立して間もない葬儀屋さんで、あまり慣れていませんでした。というよりこれが初仕事だったのです。


「先生、た・た・大変です!」


 ナースが血相を変えて、ステーションに飛んで来ました。


「あの人たち何なんでしょう。棺桶を持って病室に来たんですよ」


 驚きのあまり叫んでいます。


「棺桶!?」


 病室に行ってみると、白衣を身につけた2人の男がストレッチャーを押して、まではよかったのですが、そのストレッチャーの上に棺桶をのせて、「私、プロの葬儀屋」と言わんばかりにすまし顔で入ろうとしているのです。


「棺桶など病室の中には入れないわよ!」


 ナースがいさめます。


「え!」


 そう言われてみれば確かに、ストレッチャーに棺桶をのせてきた葬儀屋さんは、私も見かけたことがありません。といって法律的に駄目なわけではないと思いますが、葬儀場所に行ってから遺体を棺桶に移し安置するのが慣習なのでしょう。


 遺体を前に悲しむ家族も、ストレッチャーの棺桶を見たらさぞかし驚いたことでしょう。


 ナースに叱責された新米の葬儀屋さんは、慌ててストレッチャーを押して車に引っ返し、棺桶を置いて気まずい顔でまたやって来ました。


 その慌てぶりに私は吹き出しそうになりましたが、場が場だけにそうもいかず、じーっとこらえました。


 人の死という厳粛であるはずの看取りの場が、葬儀屋さんのおかげで抱腹絶倒しそうな場と化してしまったのでした。


 いやはや参りました。

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