第25話 信用を得る力

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「伝説の武器が眠る場所、だと?」

「はい。天魔は人間を裁いて殺すだけではなく、伝説の武器の所在を求めてあちこちを移動しているのです。なんでも天魔王を封じる伝説の武器を集めているようでして」


 なんだその性質は。初耳だぞ。

 ゲーム時代にはなかったものだ。というか、


「だとしたら、レインの所にも来ていたのか?」


 横で座っているレインに聞くと、彼女は苦笑しながら頷いた。


「ええ。来ていましたね。ただ、強力なモンスターに囲まれた土地ですから、頻度は少なかったです」

「俺が暮らしてから一切、天魔の姿なんて見なかったもんな」


 一週間以上同居していたが、それらしき姿は一切見えなかった。

 下級天魔だとレベル三十のモンスターといい勝負だし、訪れ辛い場所だったんだろうな。


「それに、私の場合、来たとしても、この体があるので。迎撃して追い払えましたから。ラグナさんに鍛えられていましたから余裕でしたよ。上級天魔でも、倒せていましたし」


 レインは自らの胸をぽん、と叩いた。

 やけに炎魔法で戦うのに手慣れていたのは、周辺にモンスターがいただけじゃなくて、天魔を迎撃していたせいもあるんだろうか。ともあれ、

 

「お疲れ、レイン。しかし炎だけで戦うとか凄いな。あいつら魔法耐性が高かっただろうに」

「いえいえ、ラグナさんのおかげです。でも、褒めて頂けるのは嬉しいですね。ええ、頭を撫でていただけるのなら、もっと嬉しいですが」

「はいはい。分かったよ」


 レインのおねだりを聞いて頭を撫でると彼女は、更に嬉しそうにほほ笑んだ。

 本当に天魔王の封印が解けてから積極的になった気がするな。そんな事を思いながら俺はブリジッドとの話に戻る。


 天魔が来る理由は分かった。だからここからは、俺の個人的な問題になる。


「それで、ブリジッド。伝説の武器が眠る場所に繋がるゲートを守りたいってのは分かったんだけどさ。俺達をその伝説の武器がある場所に連れてってもらう事って出来るかな?」

「ラグナ様を、ですか?」

「ああ。俺も、伝説の武器には用があるんだよ」


 自分の記憶を取り戻し、この世界に来ることになった理由を探すために。そして、天魔王の封印で苦しんでいるなら助けるために。


 だから俺をその場所に連れて行って貰えないか、と問うたのだが、


「それは……難しいですね」

「どうしてだ?」

「それが、ですね。伝説の武器がある場所に行くゲートは、私の一存では動かせないのです。物理的にも権限的にも」

「ブリジッド程の人でも権限が足りないのか」


 ギルドの統括となれば、かなりのお偉いさんの筈だ。それでもなお足りないと来たか。


「はい。このゲートを動かすためには冒険者ギルド、商会ギルド、鍛冶ギルド、街運営ギルドの承認が必要でして。商会と冒険者ギルドは私のほうが統括しております。しかし残りの二つは、別の一人が権限を持っていらっしゃいまして」

「つまり、そっちの人にも話を付けないといけない、と?」

「はい、天魔王を倒す程の力を持ち、街の防衛を手伝って頂いたラグナ様であれば、私は喜んで使用許可を出させていただきますが、もう一方の方がどう出るか、分かりません。彼は街を愛しているので。防衛を手伝って頂いたということであれば、許可を出すとは思いますが……」

「なるほどなあ。この街の信用度がまだまだ足りないってことか」


 予想はしていたことだった。

 

 ゲームでもそうだったのだ。

 サブイベントをこなして、街の好感度と信頼度を上げることで、使える施設を増やせていた。 トラベルゲートもその一つだった。


 リアルならなおさらだ。

 トラベルゲートというのはこの街の機密なのだから、部外者である俺が使わせてくれ、というだけで使わせてくれるわけがない


「申し訳ありません。融通がきかず」

「いや、良いんだよ。伝説の武器の在り処へとつながる場所があると知れただけで大助かりだ」

「……ラグナ様も伝説の武器にご興味がおありなのですね。いえ、レインさんたちを連れている事を考えると、当然と言えば当然かもしれませんが」

「ああ、興味は大ありだ。だから、何か知っているなら、他の情報も貰えると有り難いんだ」

「そう、ですか。では、この状況が落ち着き次第、こちらが知っている事をお話出来れば――」


 と、ブリジッドが喋っている途中で、俺の背後にある部屋のドアが開かれた。そして、


「ブリジッド様。度々申し訳ありません。急ぎの報告があります」


 つかつかと、部屋の方に男女二人が入ってきた。

 片方は先ほど報告をしてきた男性。

 そしてもう一人は、帽子をかぶったエルフの少女だった。


 ノック無しで入ってきた彼らを見て、ブリジッドの表情が引き締まる。


「今度はなんです? 良い報告……ではなさそうですが」

「はい。悪い報告です。というのも先ほどの戦闘で判明したのですが……先日、自警団の為に購入した武器が粗悪品で、天魔に通じませんでした」


 その報告に、ブリジッドの眉がピクリと動いた。


「……なんですって?」

「ラグナ様が捕らえられた詐欺集団から、芋づるしきで情報を引き出したのですが。どうにも今回の武器仕入れにも数枚噛んでいたらしく。彼らとの契約は、ここにいる彼女が担当官となっていたのですが、……見事にやられたようで」


 入ってきた男はそう言ってエルフの少女に目線を送った。

 そしてブリジッドもその目線をエルフの少女に向けた。


「ひう……」


 エルフの少女は泣きそうだった。そんな彼女にブリジッドは冷静に語りかける。

 

「まずは落ち着いて情報を整理したいので、とりあえず、貴女の言い分を聞かせてくださいませんか? 武器の購入契約の際、どうして粗悪品を掴まされたのか。品質の確認はしなかったのですか?」


 そうした静かな問いかけに対し、エルフの少女は目に涙を溜めながら答えていく。


「も、申し訳、ありません。鍛冶の本場、アイゼンシュタッドの刻印とブランド銘を見せられて、全品チェックを怠ってしまったのです……」

「補足します。実際、鍛冶鑑定人に調査させた所、運搬されていた剣の一部は、レベル三十以上の上等なホンモノだったそうで。契約時の品見せの際、剣は箱詰めされており、一番上に置かれていたそうで」

「それで、一番上の品だけを鑑定して、全てチェックしないまま、武器庫に入れてしまった、と。そういう事ですか」


 エルフの少女は頷いた。


「は、い。持ち込まれた数が百余本と大量だったため、鑑定人は忙しい上に一本につき十分はかかると説明したら、破談しそうになったので……。とにかく、早く、仕入れをしなければ、と思いまして。まさかセインベルグの商会を騙すことなんてしないだろう、と」


 空気が重くなってきた。あと、胃が痛くなってくるような重さだ。


 あるあるなんだよなあ。

 デバッグ作業だけじゃなくて、仕事でもよくあったことだ。

 この位いいだろって、都合よく信頼して、自分に甘えて流した個所ほど、後々ミスが発覚しやすいんだよな。

 なんて思っていると、ブリジッドが深く吐息した。


「仕方ない、ですね。鑑定には時間が掛かるのに、時間が無いから早く仕入れろと言った私のミスです」

「そ、そんな! 今回の件は、私が甘えずチェックしておけば起きなかった事ですから、責任は私にあります……!」

「責任があるからといって、貴女に取り返せるのですか?」

「それは……無理……です」

「でしょう? ……だから今回の責任は私にあります。そういう事で良いのですよ」


 上司も上司で大変だ。

 こういうとき、叱ってもどうしようもない気持ちもよく分かる。


 そして、俺は知っている。

 申し訳ないけれども、卑怯だとも思うけれど、こういうどうしようもない状態の時こそが、信用を得るチャンスだと。


「なあ、ブリジッド。提案と取引があるんだが、ちょっといいか」

「え? あ、はい、なんの提案でしょう?」

「俺の職業は知っているよな?」

「ええ、ラグナ様は鍛冶師ですよね。それが――」


 と、そこまで言った段階で、ブリジッドは息をのんだ。どうやら気付いたらしい。


「そう、俺は鍛冶師だから、その弱い武器を鍛え直すことが出来る。少なくともレベル三十以上できるんだ。だから、取引をしよう、ブリジッド」


 そして俺は緊張する彼女を前に、提案をする。


「俺がこの街に鍛え直した武器を卸す代わりに、最後のひと押しの信用を、君の方から貰いたい」


 この街を守るため、そして信用を得るための提案を。


「武器百本分の信用を俺にくれ」

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