第5話 緑の豆

「あれは『緑の豆団』にゃ」


 走って逃げて飛び込んだ、鬱蒼と木々の生い茂る森の中。草地の中からのぞく湿った土の上に体を投げ出してノンは言った。さすがに呼吸は乱れている。


「緑の……豆?」

「手前勝手な理屈で一方的に狩人を取り締まる、正義の味方気取りの集団にゃ」


 ノンは忌々しげに目を伏せて吐き捨てる。

 つまりは環境ないし動物保護の団体、ということだろうか。そんなに嫌うような相手とも思えない。


「一方的もなにもあの少年は確か『保護区』と言っていただろう。そんなところで狩りを行えば悪いのはこちらではないのか」


 不機嫌を隠そうともしないノンに俺は先程から気になっていた疑問を問いかけた。


「だから、その区分はあいつらが勝手に決めたことにゃんだって。緑の豆に言わせれば野性動物の生息地はみんな保護区!」

「それは、その、極端だな」


 ノンの猛烈な勢いに押されて思わず目を背けてしまう。

 人間を襲う大型動物などもいるだろうに、彼らはどうやって対処しているのだろう。正当防衛だけは許可されているとかそういうことなのだろうか。ノンのような獣人がどういう扱いなのかも気になる。


「昔は動物愛護を謳うだけの無害な奴らだったけど、ここ数年で急に規模が大きくなったにゃ。けどこんなとこで動物だけを守ったって、もう……」

「どういう意味だ?」


 反射的に問いかけたが返事はない。いつの間にか乱れていた呼吸は静かになり、何事かと再び彼女の方へと向き直ると、いつの間にかノンは丸くなり目を閉じていた。


「寝たのか?」

「んにゃ、まだ起きてる。けど、もう寝る。見張りよろしく」

「……了解した」

 

 一瞬だけ驚いたがあんなに全力疾走して疲弊すれば眠くもなるだろう。俺と違ってノンは普通に生きているのだから。ここが安全地帯であるなら、今はできるだけ身体を休めておくべきだ。

 しばらくすると鳥の声や虫の羽音に混じって規則正しい寝息が聞こえてきた。

 できることならこの間に食べる物も用意してやりたかったところだが、残念ながら俺に狩りや採集の心得があるはずもないしそもそも触れない。

 かくして光ることくらいしか能のない背後霊は、相棒の起きるのを待ちながら、辺りの気配を探ることに集中するのだった。


 我ながら情けないことだ。


 せめてこの手が何かに触れることが出来たら、そう思いながら無意識に近くの木に手をつく。やや硬い触感があった。触れている。二度見した。やはり触れている。


 俺自身の絶叫によって目覚めたノンにどやされるのは、それから約五秒後のことだった。

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名前のない冒険 葛瀬 秋奈 @4696cat

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