にくじゃがは離せない


ひとむかし前のおふくろの味

『にくじゃが』

ではいまのおふくろの味がなんなんだってか。さぁ、ひとそれぞれじゃねーの

インスタントラーメンだって言うやつもいるんだから

ちなみに俺は、いまだににくじゃがよく食った思い出があるんだけどな。

そこで彼女にもお願いをしてみたのだった。

そして出てきた今これ。なんか違う。

あぁ、そうねぇ、なんかね、肉の質感が違うのか。

牛肉がどーんと幅を利かせていてなんだか高級感にあふれているではないか。

「どないしたん?なんか、まずかった?」

「いや、すごくおいしいんだけど、こんなだったっけ?」

「うん。」

くったりと味のしみた玉ねぎと、アクセントに糸こんにゃく

彩のある人参、ごろっとほくほくとしたおおきなじゃがいも

全てが一体となって調和を放つ。甘辛いつゆをたっぷりとつけて白ごはんと共に口へ運べばもうなにも言うことはない。

絶妙な濃さがさらなるひと口を誘って、一気にごはんをかきこんだ。

おずおずとおかわりを要求し、よそいたて熱々のご飯の上へ汁ごとそれをぶちかます。多少つゆだくな感じもするが、それがまた良いのである。

塩分が、糖質が、脂質が、俺を呼んでいる。

「大きめの鍋で炊いといてよかったわ。」

となかばあきれ顔で言われつつもまた空いた皿を託して、そして目を輝かせる。


関西では豚じゃなくて牛で炊くのが常識なんだって。

たらふく食った腹の上でググって知った。


美味しかったですと食べ終わった皿を差し出したその時だった。

受け渡しのタイミングがうまく合わなくて皿はそのまま床へ落下した。

あわててフォローに入った左手もあっけなく、皿は無残にも飛び散った。

即座にしゃがみ込んで破片を拾おうとする彼女を止める。

「手切ったら危ないじゃん。俺が落としたんだから、触んじゃねぇ。」

掴んだ腕は思ったより細くて、力のかけ方が分からなくなった。

「もう、心配しなや。こんなん大丈夫やて。」

彼女は屈託なく笑いながら腕を振り払ったけれど、そんなことで振り切られたら困るじゃないか。

せっかくガラでもなくかっこつけてんだからさ。


離したくない


俺の指先にぷくりと硬い皮膚のすじを感じた刹那

彼女の顔は急に青ざめて腕を振り払う。すっくと立ち上がって「じゃあお願いするわ」とごまかすように背中を向けた。


やっぱりさ

どうする?聞くか?

聞いてどうなる?

救えるのか?救うってなんだよ、成仏させる気か。

こんなに欲しいのに。自分から手放すなんて馬鹿にもほどがある


それでも、知りたいんだ。君が誰でどんな子なのか。


「ねぇ、それ、リスカ したの?」

「自分さぁ、それ、聞く?」

「ごめん。」

彼女が洗いものの手を止めたから、水道の流れる音だけが空しく部屋をこだまして

泣いている気がしたんだ


出会った時もそうだった

意識したのかどうかはっきりしないうちに体が動いて

君を守りたい

どこにも行かせない

そう思ったのか

いつの間にか震える肩を抱き寄せていた


心臓がめちゃくちゃうるさい

ちょうど彼女の耳のあたりだ。きっとばれていることだろう。

衝動的に抱きしめてしまったもののこの後をどうすればいいのか腕はおろか足先まで笑い転げてガクブルワロタ

心地よいシャンプーの香りなんて感じている場合か

全身の血が沸騰しまくって脳天突き破りそうなほど心臓のビートが跳ね上がってるゼ

どうしようもできないみじんこ根性をかきけしてくれるかのように

小さくなっていた彼女が

「もう忘れてもたわ」

と言っていつものように笑った


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