第3話 朝のホットサンド

 目覚まし時計が鳴っている。夢の世界と現実のはざまで揺れる、朝のまどろんだ時間。

 起きなければならない。

 時計が鳴っているのだ。けたたましくうるさい。

 分かったから、起きるからだまってくれ。

 心の叫びは時計に通じるはずもなく同じ調子で鳴り続ける一方だ。

 お前がセットした、お前の起きたい時間に、僕は鳴っているのだ。正確な仕事をしている僕に文句を言うなと、時計の主張。えぇごもっともでございますとも。

 しかしながら、俺が自らの体温を分け与え何時間も温めつづけたそれはそれはあたたかいお布団から出てゆきたくはないのですよ。

 もう5分だけ、いえ1分でいいです。このあたたかいお布団で幸せを感じる時間をどうか。


「おはよう。」

 ん?

 布団の向こうの世界。つまり、現実の世界から声が聴こえた気がする。

 待て待て俺は一人暮らしだ。まさかそんな

 お布団への未練を瞬時に忘却し文字通り飛び起きる。


 さて、そこに、少女の笑顔。

 あぁ。

 思い出した。

 昨日の彼女。


「朝ごはん作ってん。食べて?」

「お、は。はい。ありがとう、ご、ざいま、す。」

 布団を手放してもなお体が縮こまるほど寒さを感じないのは彼女が暖房をつけていてくれたからか。まるで神様のようにありがたい。まぁ、神様と幽霊ってニアピンだもんな。

「朝さぁ、ごはん派なん?パン派なん?なんかようわからへんかったから一応棚にあったパンでホットサンド作ってみてんか。どないやろ?」

 どないやろ、と言われましても。どない、なんでしょう。


 カット野菜の残りと思われるキャベツと目玉焼き、チーズが挟まれた定番のホットサンドが、良い具合の焦げ目をちらちらさせて俺に食べられるのを誘っている。

 これまた彼女が淹れてくれたインスタントコーヒーをひとくち飲んだ後、湯気をたてて白い丸皿に鎮座するホットサンドに勢いよくかぶりついた。

 ぱりっともがぶっともいえない香ばしさとみずみずしさが交差する音をたてる。

 食パンの甘みとバターの塩気、とろけるチーズのなめらかさと芳醇な香り。キャベツの歯ごたえの中にとろっと溶けるかのような白身がまとわりついている。

 チーズがとろけて落ちそうなので、パンと口の間で宙ぶらりんになっているそいつらを舌でたぐりよせてその流れのままにふた口目に突入する。お行儀のかけらもない食べ方だがここはひとつ家メシということでご勘弁願おう。

 ラッキーなことに目玉焼きの目玉の部分に突入したらしい。濃厚な黄色のソースが喉にへばりつくかのようになだれ込んだ。半熟好きな俺にとって、卵の黄身をいかに綺麗に一滴も無駄にすることなく吸い上げるかということに関しては其の道を極めていると言っても過言ではない。

 口福でいっぱいである。

 ハムスター並みのほっぺたを幸せにゆがめながら一息。


「ガチでうまいわ。ありがとう。」

「お?おぉ?そ、そうか。そら良かったわ。」

 彼女の顔がほころんだ。


 ホットサンドの隠れた醍醐味はよく焼けたパンの耳だ。これはあくまで個人的な感想です。

 コンビニのサンドイッチはなんで全部耳を落としているんだ?あのちょっと分厚くて硬い、パンのうまみが凝縮されている耳こそがパンの一番おいしいところだと思っている俺にとっては真っ白な三角形に切りそろえられたパンを見るのが切ない。

 おぉ、耳よ。あなたはなぜ耳なのですか。


 パンの屑まですべて綺麗に食べ終えた俺は何気なくスマホを手に取った。

 起きては消え起きては消える情報の一つとしかとらえきれないニュースの数々。どんなに大きく報道されようとそのうち忘れ去られていく。

 ひとの噂も75日。

 いや、一週間ももたないんじゃないだろうか。

 俺はひとつのニュースに目を奪われた。

『中2女子、実母からの虐待により死亡』

 見出しとともに貼られている被害者の女の子とおもわれる写真が、今、目の前でりんごのうさぎさんをつくってくれている彼女にそっくりだったのだ。


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