レッド・スラッシュ

 来たな――!


 F108+ISインターセプタが出現したという報告を受けたその時には、ジギタリス隊とナルキッソス隊はすでに空に上がっていた。ちょうど艦隊の支援に送ろうと思っていたタイミングだったからだ。


「エンプレス1、カティ・メラルティン、発艦する!」


 カタパルトがカティのF108パエトーンを空中へとさながら矢のように打ち出した。数百メートルをその状態で飛翔し、一気に翼を展開する。オーグメンタを点火し、先を行くジギタリス隊たちを追う。後ろからエンプレス2、カルロス・パウエルの黒いF108が追いかけてくる。


『隊長、インターセプタに当たりますか?』

「もちろんだ。あいつには近づくな。アタシがやる」

『了解』


 パウエルは後続のエンプレス隊四機を率いて上空へといったん移動する。カティは海面を蹴立てるようにして超低空を飛行する。


「エンプレス1よりエウロス全機! 対電子戦防御! 下手に攻撃するな、防御に徹しろ!」


 言うが早いか。インターセプタから凄まじい量と質の電子的妨害が行われてくる。レーダーも照準もあってなきが如しである。機体のシステムは一瞬にして丸裸にされてしまったが、カティにとってはそんなことは想定の範囲内だった。何しろ相手は、エイドゥル・イスランシオと思しき者である。この程度で驚いていては、命が幾つあっても足りはしない。


 電子戦で圧倒してくる相手に勝つ方法。それは、電子的サポートを使わないこと。己の力量のみで圧倒すること。――それしかない。


 そのための訓練は積んで来た。ヒントはヴァルターからもらっていた。「ウチの隊に、電子制御に頼らない操縦を行うヤツがいる」――と。その詳細についてはヴァルターは口を開かなかったが、それを聞いて以来、カティはまるでレシプロ機を操るかのようなアナログな訓練も繰り返してきたのだ。


 カティはインターセプタの動きを目で追い続ける。機体は自由自在に動かせる。逃げられないのは、加速度の制約からだけだ。インターセプタが真正面からミサイルを放ってくる。多弾頭だ。


 カティは操縦桿とペダルの動き、そして己の目の力だけでそれらを鮮やかにやりすごす。排気煙がキャノピーをかすめていく。


 反転して追いすがってくるミサイルも、海面ギリギリまで引き付けて反転上昇することで全て海に叩きつけた。血流と呼吸が圧迫されては解放されることを繰り返し、背中に冷たい汗をかく。だが、そんなことに構ってもいられない。


 頭上を飛び去ったインターセプタを即座に追尾し、近距離対空ミサイルを撃ち放つ。ロックオンは利かない。カティはミサイルとの間にリンクを確立し、インターセプタの相対位置を入力し続ける。


 インターセプタが信じ難い小刻みな機動を取って、ミサイルから逃げ切る。しかしその時にはカティの機関砲の照準が、インターセプタを捉えていた。カティは躊躇せずに引き金を引いた。曳光弾を含んだ弾丸が、黄昏の空に鮮やかな閃光を走らせた。


 これでも当たらないか――!


 カティは舌打ちした。


「イスランシオ! あんたはヤーグベルテを裏切った! なぜだ!」


 おそらく通信回線も奪われているだろうと踏んだカティは、叫ぶ。


「あんたのおかげで何人死んだと思ってる!」


 怒鳴りながらの再度の銃撃。機関砲弾数十発が無駄になった。眼下の駆逐艦からはしつこい対空砲火が上がってきていたが、それは不意に沈黙した。どこかの艦の主砲か何かをまともに食らったような形跡があった。


「イスランシオ――!」


 その隙に後ろを取られていたが、カティは全く焦っていなかった。不思議なことに、戦いの時の高揚感のようなものは確かにあるのに、強敵を前にした時のあの焦燥感のようなものは全くない。勝てる――その確信からだろうか。カティには、深呼吸をする余裕さえあった。


 その間にも、インターセプタからミサイルや機関砲が飛来してきてはいたのだが、カティにはその軌道の全てが見えていた。その直感に従って機体を操るだけで、不思議と弾もミサイルも逸れていく。フレアを使う必要すらない。


「アタシはあんたを超える」


 シベリウスを超えることは叶わなかった。だが、今ならシベリウスと並び称された最強の飛行士パイロットを倒すことができる。できるはずだ。


 カティは全ての電子制御を解除した。機体制動に関するモジュールも、解除できるものは全てパージしてしまった。だが、F108パエトーンは優秀な機体だ。制御なしで飛べないというような代物ではない。そう、あのF102イクシオンでやったように、飛べばいい。F102イクシオンですらできたのだ。F108パエトーンにできないはずがない。


 途端、カティはまるで自由になった。


 動く。全てが思い通りに、動く。


 空が足元に消え、海が頭上を覆う。イスランシオの機体が背後上空から追ってきているのがわかる。大量の機関砲弾がカティの両脇を掠めるようにして、海面に落ちていく。


 当たらない。当たる気がしない。


 カティは機体を正位置に立て直すと、そのまま急上昇した。そのついでに目の前にいた軽巡洋艦にも、機関砲の一連射をお見舞いしていく。


 後ろを振り返れば、インターセプタがそれでもピタリとつけてきている。ロックオンアラートは沈黙しているが、それは警報システムをパージしたからだ。カティは冷静にそのまま上昇を続け、薄い雲を突き破る。インターセプタもその後を追ってくる。雲の上ではエウロスの一部隊が戦闘を展開していたが、カティの到着を見て取って即座に空域を明け渡した。アーシュオンの機体にしても同様である。


 カティの機体が再び雲間に沈み、インターセプタの視界から消える。インターセプタからの機関砲弾が虚しく消費された。


 インターセプタが雲から出たその直後、カティは真下から強襲を仕掛けた。カティの視界は薄く赤く染まっている。


「あたれええええッ!」


 カティが吼える。機関砲が轟然と火を噴く。インターセプタの翼を穿つ――には至らなかった。命中はしたが、薄緑色の光と共に弾かれたような感じだ。


 セイレネスか――!


 となれば引き金を引けただけマシだったということだな。


 カティは唇を舐めつつ、いったん再び雲の上に逃げた。インターセプタが捻り込んで上昇し、カティの機体を斬るようにして機関砲を撃ち放ってくる。カティは機体を二度、三度と回転させてその弾丸の群れをやり過ごした。


 弾をやり過ごしたところで、限界まで操縦桿を引く。そして、背面飛行からの、自由落下。落ち始めたところでオーグメンタを点火してさらなる加速を得る。


「イスランシオ! あんたはどうしてそこにいる!」


 答えなど期待はしていない。


 カティは再び引き金を引いた。上昇し始めていたインターセプタの右の翼を抉るように、三発の命中弾が出た。今度は翼から煙を噴いた。薄緑色の発光現象も確認できたが、確かにある程度の損害を与えられた様子だった。


 両機がすれ違う。


「干渉か、しつこいな――!」


 なおもインターセプタから電子的干渉が繰り返される。だが、もはやカティには通用しない。


「悪あがきだ」


 カティは怯まない。


 アタシはこの後、もう一戦しなくちゃならない。


 出てくるのだろう、あいつが。未だにあいつが処刑されたという情報は見つかっていない。ならば、出てくるだろう。


 だから、この首をあんたに取らせるわけにはいかない。


 カティは海面を叩くようにして機体を跳ね上げた。そのまま加速を続け、上空で体勢を立て直しているインターセプタを目がけて突進する。


 多弾頭ミサイル、発射。


 弾頭が分裂する。


 インターセプタが逃げようと機体を立てる。が、その時にはカティがオーグメンタを点火していた。熾烈な加速度がカティを襲い、シートにその全身を押し付けさせる。カティは歯を食いしばり、操縦桿を保持し続ける。


 多弾頭ミサイルの弾頭が、インターセプタの周囲で一斉にぜた。


「とどめだ!」


 有効射程の外だったが、カティは構わず機関砲のガトリング機構を動作させた。六つの砲身が回転し、コンマ数秒後に数百発もの弾を放った。レーザーのように輝く曳光弾の群れが、面白いようにインターセプタに吸収されていく。


 インターセプタが上空で粉砕されたように見えた、その瞬間――。


「消えた!?」


 ぼんやりとした薄緑色の光だけを残して、機体は破片の一つも残さずに消えた。

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