#16-2:対決の時

戦いの始まり

 それから三ヶ月後、二〇九〇年九月――。


 防戦一方に追いやられていたアーシュオンは、乾坤一擲の作戦を開始した。彼らが制圧を目指すのは、ダグザの大釜ことムリアス湾にある要塞島オウェングス。オウェングスは長らくアーシュオンが占領していたヤーグベルテ領の島であったが、半年前に奪還されたという経緯があった。


 オウェングスはアーシュオンにしてみれば、ヤーグベルテ本土沿岸部へ直接空襲を仕掛けられるという重要な橋頭保であり、本来取り戻されてはいけない場所だった。だが、それがセイレネスの支援によっていとも簡単に奪い返されてしまったことは、アーシュオンの軍部にとっては少なからぬ衝撃になった。アーシュオン国民たちはその事実を公式には知らされないままだったが。


 アーシュオン軍部は焦った。オウェングス陥落の情報は巧みに隠蔽はされていたが、それでもいつかは露呈する。この超高度情報化社会に於いて、隠し続けられる秘密など存在しないということを、彼らは身をもって知っていた。よって、アーシュオンとしては圧倒的な逆襲を以て、オウェングスを取り返す必要に迫られたというわけである。再占領の後に、国民に経緯を都合よく発表すればよい――軍首脳部はそのように考えた。


「……というところなんだろうけど」


 ヴェーラはセイレネスにログオンした状態で呟いた。ヴェーラは今、戦艦<メルポメネ>のコア連結室の闇の中央に座っていた。椅子に取り付けられた各種機器が小さな動作音を立てていた。オレンジや緑の光が、時々闇に穴を開ける。


『潜水艦艦隊、第七艦隊によって殲滅されたわ』

「うん、見えてる」


 レベッカの報告を聞いて、ヴェーラは無感情に応えた。二人の戦艦、<メルポメネ>と<エラトー>は、オウェングスから三百キロ離れた海域にぽつんと浮かんでいた。クロフォード准将に率いられた第七艦隊を始めとするヤーグベルテ艦隊は、押し寄せるアーシュオンの三個艦隊をオウェングスの沿岸で邀撃に当たっていた。


「ひどい戦いだね、これ」


 泥沼である。双方が互いを磨り潰していくような砲雷撃戦が繰り広げられ、艦載機に至っては双方全出し状態となっていた。空を埋め尽くす航空機の群れが、空域をばらばらに切り取っては砕いていく。敵艦に体当たりする攻撃機さえ現れていた。


『クロフォード准将に指揮権があれば……』

「まぁ、こんなみじめな戦いはしなかっただろうね」


 ヴェーラは小さく舌打ちする。そこにあるのは数千人ものだ。前線から遠く離れた参謀部によって指示された作戦と、それに諾々と従うだけの提督が組み合わさったことによって生み出された、だ。


『ヴェーラ、私たちはこのまま待機なのかしら』

「命令が出てないから、このままだ」


 ヴェーラの言葉には感情がほとんど見えない。レベッカは息を飲み、そして沈黙する。


「クラゲが出てきたら、前に出る。それまでは待機。基本的にはカティたちにお任せだよ、この作戦」

『わかっているわ。でも――」

「そういう命令。感情は不要だよ」

『ヴェーラ……!』

「無駄話はよそうよ」


 ヴェーラはゆっくりと息を吐いた。ヴェーラには無数の照準円レティクルが見えている。水平線の遥か彼方。だが、手を出そうと思えばできる距離。しかし、この作戦に於いては主導権イニシアティブを取ったのは空軍であり、それゆえに戦艦たちはいざという時の保険として運用された。だから、今は何もすることができない。


「わたしたちは見ている事しかできない。最前線で必死な味方を、敵を。だったら、目を逸らさずに見ているのが、わたしたちの責務なんだ」


 わたしは、逃げない。目を、逸らさない。


 ヴェーラは欠片ほどの迷いもなくそう言い切った。その静かな剣幕を受けて、レベッカは沈黙する。


「ん? 来た。インターセプタが来た」


 ヴェーラの意識の中に、イスランシオの機体F108+ISインターセプタが映し出された。その後ろにはナイトゴーントが数十機続いている。今まで見たことのないくらいの数だ。何処からともなく現れたそれらの機体は、たちまちのうちに空域を取り返そうと、ヤーグベルテの航空機を駆逐し始める。


「カティ、だいじょうぶ?」

『誰に言ってる?』


 ナイトゴーントたちが空域を荒らし始めてから五分も経たないうちに、エウロスのジギタリス隊が到着した。ついで、ナルキッソス隊、そして、本隊であるエンプレス隊。その後もパースリー隊、ローズマリー隊、セージ隊と続き、五十機を超えるエンプレス隊が空域を奪還し始めた。圧倒的優勢とは言えない。しかし、各部隊の隊長機に搭載されているオルペウスデバイスは、地味ながらも堅実に効果を発揮していた。隊長機からの攻撃が命中すれば、ナイトゴーントは通常の戦闘機と同様に、確実に墜ちた。


 カティの真っ赤な機体が、その混戦を極める空域を鮮やかに引き裂いて飛んでいった。目指すは、F108+ISインターセプタ――。

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