#16-ヴェーラの選択

#16-1:御膳立て

面白いから。

 二〇九〇年六月の末――。


 捕虜交換は無事に完了し、ヴァルターはアーシュオンにて収監された。一部で助命嘆願の動きが出ていないこともなかったが、その全ては情報部の干渉によって封殺されてしまった。


「それで、事実関係は間違いがないのだな」


 ミツザキが軍帽を弄びつつ、ゆっくりと足を組んだ。窓もない、狭くて殺風景な尋問室の中には、ヴァルターとミツザキしかいない。壁の一面にある巨大な鏡の向こうには、憲兵なり情報部員なりが立っているのだろうが。


「間違いありません、大佐。自分はヤーグベルテのオルペウス開発試験に協力していました」

「そうか」


 ミツザキは軍帽を机の上に放り投げ、背もたれに右腕を掛けて、はすにヴァルターを見る。


「捕虜となり、あまつさえ利敵行為を行った者を赦すわけにはいかんのでな」

「承知しております」

「だが」


 ミツザキは赤茶の瞳でヴァルターを見た。少し笑っているようにも見えた。


「機会は与えてやる。奴らの技術に関して全て公にしろ」

「それは構いませんが、自分はセイレネスそのものについてはほとんど知ることはできませんでした」

「価値のある情報はない、と」

「そういうことです」


 ヴァルターは肩を竦めた。そもそも、「セイレネスとは何であるのか?」という命題に対する答えが、全く用意できていない。だが、アーシュオンはその恐ろしさについては身をもって知っていた。今さらヴァルターが何を言う必要もない程に。


「土産の一つもないということになるか」


 ミツザキは机の上の軍帽を見下ろした。そして尖鋭な視線でヴァルターを見た。ヴァルターは姿勢を正し、毅然とその視線を受け止める。


「自分にPXF001レージングを」

「ほぅ……」

「あれでを討ちます」

「反乱者に最新鋭機を渡せと?」


 ミツザキは愉快そうに、動脈血のように真っ赤な唇を歪めた。


「彼女を撃墜することができるのは、今は自分しかいない。自分にできなければ、他の誰にもできないということです」

「ふむ。たいした自信だ」

「彼女とは、シミュレータ上で何度も戦っています。彼女の戦い方は把握しているつもりです。悪くても、互角でしょう」


 嘘ではない。それに、カティとのに持ち込めるのは自分を置いて他にはいない。シルビアやクリスティアン、フォアサイトでもそこそこの戦いは出来るかもしれないが、カティは一騎打ちには応じないだろう。


を撃墜できれば、銃殺刑から終身刑程度には変わるのでは」

「不問にすらなるだろう」


 ミツザキは興味深そうにヴァルターを眺める。そこまで生に執着する理由は何なのか、ミツザキには興味があった。ヴァルターには、もはや何も残されていないというのに。


「実はな、マーナガルムの連中にも頼まれていてな。貴様にチャンスを、つまり、PXF001レージングで戦わせることについては、私も異存はない。首尾よくあのが撃墜できれば万々歳だ。或いは貴様が戦死しても良い。何かと処理が省けて良い。仮に生き残ったとしても、が健在である限り、貴様の処分は銃殺刑から動かないだけの話だ」

「最初から覚悟はできています」


 ヴァルターはミツザキの瞳を直視する。ミツザキも目を逸らすことなく、それを受け止める。そのまま十数秒が経過する。


「敵に、情けはないな?」

「ありません」


 即答――。


 それを聞いて、ミツザキは身体を正面に向けて、足を組み替えた。


「よろしい。舞台は私が責任をもって用意しよう。それまで貴様の処分は凍結する」

「……大佐、よろしいですか」

「なんだ」


 ミツザキはもはやヴァルターに対する興味を失ったかのように、気のない言葉を返す。ヴァルターは上半身を少し乗り出した。


「なぜ自分にそこまで肩入れしていただけるのですか。自分など、国家にしてみれば一介の飛行士アビエイターに過ぎない」


 その真剣な問いに、ミツザキは声を上げて笑った。それは実に幻惑的で蠱惑的な、美しい声だった。


「なぜか、だと? ふふふ、それはな、面白いからだ。私には人間たちの一挙一動が面白くて仕方ない。その中でも貴様ら、マーナガルムは飛び抜けて面白い。だからだよ、私があれこれ干渉するのは」

「面白い……?」


 眉根を寄せるヴァルター。


「理由としては不満か、フォイエルバッハ」

「それでは軍としての道理が通らない――」

「道理だと? があるか。私は私の道理で動いている。面白いから、ここにこうしている。それだけだ」


 話は終わりだ――ミツザキはそう言って立ち上がり、机の上の軍帽を手に取った。


「結末を知っていてもなお、貴様らは面白い。興味深い。だから、せいぜい足掻くが良い。運命を変えてみせろ」


 できるものならな――。


 ミツザキはヴァルターを一瞥すると、軍靴の音も高らかに、颯爽と部屋を出て行った。一人残されたヴァルターは、机の上で組み合わせた自分の指先を眺めている。


「運命、か」


 俺はそれを変えることを、本当に望んでいるのだろうか?


 ヴァルターは答えの出せるはずもない自問を、何度も繰り返したのだった。



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