撃破殲滅

 ヴェーラの視界の右下にあるカウントが、秒単位で減っていく。ヴェーラは容赦なく、再度主砲を斉射した。今度はレベッカも同期して砲撃を行った。それで第四艦隊は、ほぼ全滅するに至る。苦し紛れに放たれた対艦ミサイルが何発か飛来してきていたが、それらは<メルポメネ>の手前数百メートルの所で、爆砕した。見えない障壁があるかのようだった。


『ヴェーラ、聞こえる?』

「感度良好。どうしたの、ベッキー」

『マーナガルム飛行隊、あの人たちを落とすわ。マーナガルムは強すぎる。カティたちの脅威になる』


 未だうるさく飛び回っている艦載機が数十機。そのほとんどはシステムクラックを受けているため無力化できていたが、マーナガルム飛行隊の三機は未だしつこくヒット&アウェイを繰り返してきていた。うるさいことこの上ない。


『マーナガルムの電子戦機は逃がしてしまったわ。一撃は食らわせたんだけど、生還したでしょうね……』

「電子戦機ナシでシステムアタックを防御してるの!?」


 ヴェーラは驚愕する。電子戦機の支援なしに、三機を論理的に守り切っているという事実が受け入れ難い。


「見事な連携だね、しっかし……!」

れてる場合じゃなくて!』


 レベッカが温度の高い声を発する。ヴェーラは「ふむ」と頷いた。


「わたしは隊長機を狙うよ、ベッキー」

『お願い。私はもう一機の白いのと、あの動きが読めないのを狙うから』


 アーシュオンの抵抗はもはや微弱。マーナガルムもまもなく逃げるだろう。それはそれで作戦としては成功ではあるが、次の戦いでカティたちが相手をしなければならなくなるだろう。それは危険だ。こんな危険な奴らと戦わせたくない。せめて隊長機だけでも撃墜しておきたい。ヴェーラは焦る。


「艦長! 対空火器だけじゃなくて、艦のコントロールもちょうだい!」

『了解。全コントロール、渡します。……ユーハヴ』

「アイハヴ!」


 ヴェーラは<メルポメネ>を振り回すように動かして、マーナガルム1を撃ち落としにかかった。対空火器の空域制圧能力だけでは足りない。マーナガルム隊を撃墜するにはあまりにも性能が足りない。そこで艦体を振り回すことで、攻撃予測を掻き乱すことを考えた。


 さっき敵艦隊に使ったような攻撃は、できないものかな?


 ヴェーラは意識を集中しようとする。だが、乱れている。が揃わない。水の中から空中にあるターゲットを捕まえようとしているかのように、揺らぎ過ぎて距離感が掴めない。


「だめかっ」


 干渉だ。セイレネスに対する何らかの。


 マーナガルム1が機銃掃射を加えてくる。幾らかはセイレネスによる障壁のような何かで無効化することに成功したが、数発は甲板から艦橋付近に弾痕を穿った。マーナガルム1からは、数十発の機関砲弾の被弾を許してしまっている。


 三機が三機ともに、セイレネスが通用していない。意識の手で掴み取れない。意識の目で追いきれない。


「こいつっ、このぉっ!」


 空域を埋め尽くす弾幕を容易くすり抜け、反撃の一撃を放っては去っていく。幸い、彼らが搭載してきていた対艦ミサイルについては全て迎撃することに成功した。だが、分間六千発という連射速度を持つ機関砲を無視することは出来ない。


 んっ!?


 ヴェーラは向かってくる白い機体に目を凝らす。


 男の人? 誰、これ?


 この人がマーナガルム1、だろうか。


 ヴェーラの意識の中に、チラチラと黒髪の男の姿が映り込む。男が引き金を引く。機関砲弾が副砲に直撃した。被害は軽微。だが――。


『捕まえた! ヴェーラ!』


 レベッカの対空砲弾が、純白の三番機を掠めた。バランスを失ったその瞬間に、試作型レールガンが左の翼を半ばからもぎ取った。三番機は翼を失いながらも大きく上に逃げ、そのまま後退しようと機首を返す。


「逃がすかっ!」


 意識の目が鮮明になる。が重なった。


「撃墜してやる……ってうわっ」


 必殺の一撃を叩きこもうとしたその隙をついて、マーナガルムの隊長機が艦橋を掠めるようにして飛んでいく。対空機銃が何門か、機銃掃射で破壊された。試作型PPC粒子ビーム砲も一基がお釈迦になった。


「技術本部に怒られる! ちくしょうっ」


 ヴェーラの意識の目が、後ろに飛び去ろうとしたマーナガルム1をまっすぐに捉えた。が再び揃った。完璧な和音のようなものを形成し、ヴェーラの意識が一瞬でトランス状態に陥る。


「セイレネス発動アトラクト!」


 後部副砲が火を噴いた。


 撃墜――!


 マーナガルム1の純白の機体が、何本もの光の矢に打ち貫かれ、爆発した。


『二機逃がしちゃった、けど』

「隊長機は撃墜できた!」


 パラシュートがゆっくりと海に向かって落ちていくのが見えた。脱出には成功したようだが、ここにはアーシュオン軍はいない。<メルポメネ>と<エラトー>以外には、無数の飛行機の残骸が浮かんでいるだけの海だ。


「ベッキー、気になるよね」

『そりゃ、なるわよ』


 ヴェーラは敵の艦載機が一目散に逃げ去っていくのを眺めた。敵の艦隊の残存兵力もヴェーラの認識範囲から次々と消えて行く。アーシュオン第四艦隊の旗艦も、完全に破壊、轟沈させている。もはや追撃の必要はあるまいと、ヴェーラは大きく息を吐いて、凝り固まった全身の筋肉を緩めた。


「この人たち相手には、が全然揃わなかった。すごく邪魔された感があるよね」


 ヴェーラが言うと、レベッカはすぐに「そうね」と応答してくる。


『この人、明らかに私たちのセイレネスに干渉してきていた。軍としても気になる存在でしょうね』

「うん。干渉というより、凌駕って感じだったけどね」

『そうね』


 レベッカが肯いたのが、ヴェーラに伝わってくる。セイレネスを通じて、二人は感覚や感触まで共有していた。まるで手を繋いでいるかのような距離感である。シミュレータを使っていた時よりも圧倒的に近い。息遣いまでハッキリと認識できるほどである。


 その時、二人の耳に、クロフォード准将の声が届いた。


『二人とも、よくやった。第四艦隊旗艦の撃沈と、第四艦隊主力艦艇の潰滅を確認した。マーナガルム飛行隊、二機中破、隊長機を撃墜。素晴らしい戦果だ』

「嬉しくはないけど」


 ヴェーラはボソッと応える。


『まぁ、そう言うな。これでしばらくアーシュオンもおとなしくなる。一時の平和のために、貴官たちは貢献したとも言えるさ』

『一時の、ですね』


 レベッカの声に棘がある。通信回線の向こう側で、クロフォードが声を殺して笑っている。


『平和なんてのは、戦争状態の中の一時の休息の中でしか得られないものだ。そういう意味では、貴官らは十分に平和を生み出したと言えるだろう』

「それって悲しいね、なんか」


 ヴェーラは外部視覚をオフにして、暗闇の中で呟いた。


「本当に一時とはいえ、平和なんて手に入る?」

『さぁなぁ。そればかりは俺には何とも言えん。うちは民主国家だからな。が何と言うか。国民様の代表者たる方々が何と言うか。俺たちはそれに盲目的に従うほかにないからなぁ』

「救いようがないね」


 ヴェーラは肩と首を回しながら、セイレネスからログアウトして、椅子から立ち上がった。暗い静かな部屋である。その空気は、ヴェーラを極めて冷静にさせていた。


『それは貴官らの腕の見せ所になってくるかもしれんよ』

「わたしたちの?」

『今や国民的スターであるの二人が、実はアーシュオンに対する究極のカードだった。軍はそうやって発表するつもりさ。あと三十分もすれば、国民は総じてそれを認知することになるだろう』

「そうなんですか――」

『それを知った国民様たちは、いったいどういう考えになるだろうかね』


 他人事のようにクロフォードは言い、それがヴェーラを少し苛立たせた。


「わたしたちは――」

『祈る以外に出来ることがあるなら、なんだってします。提督』


 レベッカがヴェーラの言葉を遮ってそう言った。ヴェーラはムスっと黙り込む。


『良い心がけだ。だが、俺にも、貴官らにも、出来ることなんて限られている。あまり過度な期待はするものじゃない。国民様に裏切られると、想像できる以上に心に来るからな』


 クロフォードは自虐的な口調でそう言い、最後に一つ付け足した。


『ま、そんなことを気に病んでも仕方ない。それに作戦でしたことを悔いる必要もない。本作戦、貴官らはよくやった。以上だ』

『ありがとうございます』


 レベッカは律儀に応えたが、ヴェーラは何も言えなかった。心の中がひどくむなしかったのだ。


 溜息しか出ないや。


 ヴェーラはコア連結室の扉を開け、明るい廊下に踏み出した。

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