対峙

 二〇八八年六月十二日、早朝――。


 アーシュオン第四艦隊を始めとする三個艦隊相当の戦力と、ヤーグベルテ第七艦隊が、三百キロの距離を挟んで睨み合った。


「ヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング」


 クロフォード准将がCIC戦闘指揮所から呼びかける。


「<メルポメネ>および、<エラトー>、セイレネスを起動せよ」


 白々しい――クロフォードは表情を変えずに心の中で呟く。


『ヴェーラ・グリエール、了解』

『レベッカ・アーメリング、了解しました』


 二人から緊張を孕んだ声での応答がある。


「戦闘行動以外は、乗組員に任せろ。お前たちのフネは、百戦錬磨のツワモノで揃えている」


 セイレネスさえ今まで通りに使えていれば、文字通りに圧勝するはずだ。クロフォードはやや楽観的にそう考えていた。たとえクラゲが出てきたとしても、苦戦することはないだろうとも。そして幸か不幸か、周辺海域にはクラゲの姿は確認されていなかった。


「グリエール、アーメリング。改めて確認するが、貴官ら両名の任務は、アーシュオン第四艦隊マヘスを撃破、殲滅することだ。それも戦艦二隻のみで、だ。敵の艦載機部隊、特にマーナガルム飛行隊は可能な限り撃墜せよ」

『クロフォード准将』


 <リビュエ>から、カティが通信を入れてくる。モニタの片隅に、カティの姿が映し出される。


「何かな、メラルティン少佐」

『自分がそばにいることで、セイレネスの活性が上がると聞いています。万が一の際、自分が空に上がることは構いませんか』

「そうだな……」


 クロフォードは顎に手をやって少し考え込む。


「うむ、認めよう。ただし。メラルティン少佐、君の機体だけだ」

『そのつもりです。戦闘に加わるつもりはありません』


 カティは早口でそう応えると、さっさと通信を切ってしまった。クロフォードは苦笑する。


「あの子がここまで成長するとはね」


 士官学校で見た時とは、もうだいぶ印象が変わっていた。一言で言えば、精神的に大人になったのだろう。それもそうだ。初めて出会った頃から、もう六年近くも経っているのだから。


「さて」


 クロフォードは、二隻の戦艦の艦長を呼び出す。


「準備はいいな?」

『<メルポメネ>、いつでも』

『<エラトー>も準備完了しています』

「よろしい」


 クロフォードは外部カメラで二隻の銀色の戦艦を確認する。旗艦・空母<ヘスティア>の二倍近いスケールを持った、目を疑わんばかりの異常な物体である。


「グリエール、アーメリング、そっちの準備は?」

『ヴェーラ・グリエール、問題なし』

『レベッカ・アーメリング、問題ありません』


 二人はすぐに返答してきた。クロフォードは腕を組み、ふむ、と唸った。


 問題なし。問題ありません。……か。


 その回答に思う所がないわけではない。だが、クロフォードは沈黙を選んだ。何を言ったところで、今は意味を持たないからだ。求められているのは圧倒的な戦果のみであって、そのためには二人には鬼神になってもらわなければならない――それだけだ。


「よし。では、状況を開始しよう」


 クロフォードが静かに号令をかけると、艦隊は動きを止めた。クロフォードはたっぷりと間を置いてから、冷徹ともとれる声音で命じた。


「<メルポメネ>、および、<エラトー>。目標、敵第四艦隊。突撃せよ」

 

 それは、戦場に女神が降臨した瞬間であった。

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