#12-2:歌姫戦艦

出撃前夜

 ヤーグベルテは春の終わりの頃、二〇八八年五月二十六日、夜間――。


 エディットの家のリビングに、久しぶりに四人が集合していた。エディットは次の作戦のための連日連夜の会議でほとんど家に帰ってこなかったし、カティもまた島嶼奪回作戦に随伴戦力として参加していたから、帰宅したのは二ヶ月ぶりという現状だった。


 リビングのテーブルの上には、大量のピザと炭酸飲料、そしてアルコールの類が山となって置かれていた。ヴェーラは黙々とピザを胃の中に移動させる作業をしていて、レベッカはピザと一緒に注文したサラダを少しずつ口に運んでいた。エディットは言うまでもなく、ビールを浴びるように飲んでいる。カティはスパークリングワインの入ったグラスを左手に持ち、右手だけで器用に紙媒体の雑誌をめくっている。


「お前たちのっぷりもだいぶ板についてきたな」


 カティは雑誌の見開きページをひらひらさせながら半笑いの表情で言った。レベッカは耳まで赤くなり、ヴェーラはピザを咥えたまま硬直する。


「可愛い衣装着ちゃってさ。音源も聴いたけど、まぁ、なかなかだな」

「冷やかしイクナイよ!」


 ヴェーラはピザを飲み込んでから抗議した。レベッカも頷く。エディットはビールの缶を振りながら言った。


「広報活動、資金集め、きたるべき日のための下準備……」

「その来るべき日ってのが、明日から始まる作戦ってことか」


 カティは憂鬱な口調で言い、雑誌を閉じてテーブルの上に置いた。エディットは「はぁ」と息を吐いて肯定の意思表示とした。


「今回はアタシもクロフォード准将も後方待機。全く問題ないと思うけど、マーナガルム飛行隊にだけは気を付けろ」


 あの戦いのあとも、カティは二度、マーナガルム飛行隊と対峙していた。その時にも熾烈を極める空戦が行われたのだが、双方ともに被害を出さずに終わっていた。


「マーナガルム飛行隊って、すぐわかる?」


 ヴェーラがピザを切り分けながら尋ねた。カティはすぐに頷く。


「純白の機体が二機混じってる部隊があったら、そいつらだ。他にも二機いるんだが、そいつらも含めて恐ろしく手強い。うちのエンプレス隊が十二機で取り付いて何とか押し返せるくらいだ」

「ひえぇ」

「エンプレス隊でやっとですか」


 ヴェーラとレベッカがやや暗い表情になる。カティは少し思案して、ワインを一口飲んで唇を湿らせた。


「お前たちなら多少の攻撃はものともしないだろうし。万が一被弾したとしても、あの超巨大戦艦だ。偶然の一発や二発でどうこうするようなものでもないだろうさ」

「カティにしては楽観的だねぇ」


 ヴェーラが切り分けたピザをレベッカに渡しつつ言う。エディットもそれを一切れ受け取り、努めて明るい声で言った。


「だいじょうぶよ、今回は。アダムスのの作戦指揮というのが気に入らないけど。百キロ後方にだけど第七艦隊も控える予定だし。万が一、不測の事態が起きたとしても、第七艦隊もといクロフォード准将がいれば何とかなるわ」

「うちの<リビュエ>も待機してる」


 カティはワインをすっかり喉に流し込んだ。空になったグラスに、レベッカがさっそくワインを注ぐ。エディットは新しいビールを冷蔵庫から取り出して、またソファに戻ってくる。


「最強の飛行隊と艦隊がいるんだもの。正面激突で負ける気はしないわ。クラゲが少々気がかりだけど、あなたたちが前線にいる以上、安易にぶつけてはこないでしょうね。それなりに高価な兵器だろうし」


 エディットのその冷静な口調に、レベッカは何度か頷く。


「相手がセイレネスと同じようなものを使っているのだとしても、負けません」

「うん」


 ヴェーラも同意する。が、その表情は少し暗い。


「でもさ――」


 ヴェーラがぽつりと言った。


「またいっぱい、殺すんだよね。この一年で、わたしたち、いったいどれほど殺しちゃうんだろう?」


 二人の歌姫セイレーンは、島嶼奪還作戦や人工島破壊作戦など、この十ヶ月間で数多あまたの作戦に従事してきた。最初に三百万を殺したからと言って、その後の数百人、数千人が平気なはずもない。まして、セイレネスの戦闘は、になる。カティたちのするような、命を賭けて命を奪いに行くような戦いではないのだ。わけが違う。


 しばらくの沈黙の末、エディットはビールを飲み干して、その缶を握りつぶした。


「あなたたちには申し訳ないと思っているわ」

「ううん、よ」


 ヴェーラは間髪入れず、明瞭に応じた。


「わたしのできることって、これだけなんだもん。わたしたちが強ければ、アーシュオンだって諦める。無駄な戦いが減る。私たちが圧倒的であれば、戦争なんて終わっちゃうかもしれない。誰も戦おうとなんてしなくなってくれるかもしれない」


 ヴェーラはジュースを飲み、ピザを胃の中に流し込んだ。


「だいじょうぶ。平気なんかじゃないけど、だいじょうぶ。この一戦でアーシュオンはみんな逃げる。ヤーグベルテだって、一方的過ぎる戦いを見たら、もうやめてやろうってなると思う。だから、今回は徹底的にやらせてもらう。アーシュオンには可愛そうだと思うけど、文字通りに完膚なきまでにやっつけさせてもらうんだ」

「ヴェーラ……」


 レベッカの声が少し震えていた。ヴェーラはジュースをお代わりしつつ、レベッカに視線を送る。


「ヴェーラ、ねぇ。今度は私が攻撃を担当したい。私にも――」

「い、や、で、す」


 ヴェーラは食い気味に、レベッカの提案を拒否した。


「これはね、あの時みたいな咄嗟な判断じゃないよ? 考えた。しっかりとね」

「でも、私だって」

「手を血に染めたい?」


 ヴェーラは正味五枚目となるピザを頬張りながら、もごもごと尋ねた。レベッカはその直接的な表現を受けて、表情を強張らせる。ヴェーラはごくんとピザを飲み込む。


「でしょ? 嫌なもんは嫌だよ。わたしはね、ベッキーにあんな思いは絶対にさせたくないんだ。このことについては、私はほんのわずかも迷ってないよ。そしてわたしは、アーシュオン軍を撃滅する心の準備はバッチリできてるよ」


 ベッキー、君の覚悟は甘いんだ。


 レベッカにはそう聞こえた気がした。


「でもね、ベッキーは直接大量殺戮なんてしてないかもしれない。でも、間接的には同じことだよ。わたしはベッキーの補助がなければあんなことできていないんだ。ベッキーが御膳立てしてると言ったって、たぶん、まちがいじゃない」

「それは……そうかもしれないわね」


 レベッカは頷き、メガネの位置をそっと直した。二人の様子を見て、エディットは小さく溜息を吐く。


「だいじょうぶだよ、エディット」


 ヴェーラはニコリとした。その微笑はとても美しいものだったが、エディットの目にはどうしても笑っているようには見えなかった。もっと深い、奈落のような、そんな闇がヴェーラの瞳の奥には広がっているように思えてならなかった。


「次もちゃんとやるから」


 ヴェーラのその言葉に、エディットは何かを言いかけた。だが、結局、音にはならなかった。カティは静かにワイングラスを傾けて、ふっと息を吐いた。グラスの内側が一瞬曇る。


「人を殺すことが罪だというのなら、アタシだってもう山ほど十字架を背負ってる。でも、アタシは自分でこの道を選んだ。お前たちは選ぶ権利すらなかった。だから」

「それってさ、カティ。わたしたちが兵器みたいなもんだって言ってる?」

「ある一面ではその通りだ。機械のようなものだって」

「機械?」


 ヴェーラとレベッカが眉根を寄せた。カティは二人を静かな眼差しで見つめる。


「言っちまえば、ミサイルや戦闘機みたいなもんだ。命令に従い、命令のまま人を殺す」

「酷いこと言うなぁ……」


 唇を尖らせたヴェーラに、カティは苦笑を見せる。


「でもな、ミサイルに罪はないだろ。誰もそんな事は言わない。だから、お前たちを罪人だとかなんだとか、そう言う奴がいたとしても、それはおかしい」


 セイレネスが大量殺戮兵器である――そういう論調はすでに出ていた。ナイアーラトテップやISMTに勝るとも劣らない究極のであると。つまり、であると。


 だが、そのコアになっているのが、二人のであると人々が知った時、彼らがどういう反応を見せるのか――それは、その時を待つしかないだろう。


「戦場ではね、機械である方がなんぼか楽だ。余計な感情も感傷も要らない。アタシたちエウロスが無敵の強さを持っているのは、戦っている時は誰もがマシンになり切っているからなんだ」


 カティはワインを飲み干した。そして、凄絶な笑みを見せた。


「さもなくば、死ぬのさ」


 その迫力に、ヴェーラとレベッカは息を飲んだ。エディットは静かな表情で三人を見ている。カティはグラスをテーブルに置き、ソファの上で軽く伸びをした。


「そういう意味では、お前たちだって特別じゃない。迷ったら死ぬ。どんなデカブツに守られていたとしてもね」


 明快な断定に、ヴェーラとレベッカは頷きながら唾を飲む。カティは二人の頭に手を伸ばし、その艶やかな髪をひとしきり撫で回した。


「お前たちは生きて帰ってこなきゃならない。だから、アタシたちのためにも迷うな。敵を殺すことを、躊躇ためらうな」


 カティの紺色の瞳が、ヴェーラの空色の瞳を射抜く。ヴェーラは黙ってピザの最後の一切れを皿に取り、口に運び、もぐもぐと咀嚼した。


「ピザって美味しいよね」


 ヴェーラはそう言って笑う。そしてそのままの表情で付け加えた。


「わたしはね、迷わないよ。だいじょうぶ、わたしはもう、みんなに心配かけるようなことはしない」

「そっか」


 カティはまたヴェーラの髪を撫でた。ヴェーラは猫のように首を竦め、「やーん」と苦笑する。


「今回はアタシは楽したい。できれば<リビュエ>で寝ていたいんだ」

「そうね、私も。退却戦なんてやり方わすれちゃったし、司令室でぼんやりしていたいわ」


 エディットは冷やしてあったワインのコルク栓を開けながら、おどけてみせる。


「ちょっとふたりともー?」


 ヴェーラは剣呑な目で二人を見て、そして笑い始めた。レベッカが驚いてメガネのフレームに手をやりつつ、呼びかける。


「ヴェーラ……?」

「わらっとこ。いまのうちにさ!」


 ヴェーラは明るい声でそう言った。

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