十ヶ月間

 クラゲことナイアーラトテップを撃破し、アーシュオン本土に大打撃を与えた功績で、参謀本部第三課のアダムスはへの昇進を果たした。


 アーシュオン国民三百万を焼き殺した件については、国内世論は賛否に分かれた。だが、報復措置としての言い訳が十分に立つことと、それまでやられるに任せていたヤーグベルテがようやく実効的な反撃にでたことはそれなりに好意的に受け入れられ、結果としてヤーグベルテ大統領府の「の原則の破棄」が支持されることとなった。


 それによって勢いづいたのはであった。権勢を増したアダムス大佐の指揮の下、新たに二機のAX-799テラブレイカー(試作二号機・三号機)が完成し、直ちに作戦に投入された。その際には、ヴェーラとレベッカがセイレネスで以てサポートをした。その結果、AX-799テラブレイカーは飛躍的な防御力を獲得し、ほぼ無傷でアーシュオンの艦隊や島嶼を占領していた地上戦力を蹂躙した。海上から消し去った人工島も十を超える。


「御膳立ては整いましたよ、ルフェーブル大佐」


 第三課の執務室にて、アダムスは空中投影ディスプレイに向かって話しかけた。その居丈高な口調に、ディスプレイに浮かび上がっているエディットは露骨に不愉快そうな表情を見せる。


も無事に完成しました。エウロスの、何と言いましたかな、と呼ばれている――」

『カティ・メラルティン少佐だ。隊長だぞ、覚えておけ』

「ああ、そうそう。メラルティン少佐。彼女とのシンクロ試験も進んでいるのでしょう?」

『滞りなくな』


 エディットは腕を組んだ。アダムスは「フン」と鼻を鳴らす。


「まぁ、彼女はバックアップとしておくとして。次の作戦は、二隻の戦艦による、アーシュオン第四艦隊マヘスの殲滅作戦と決定しました」

『艦隊は?』

「私は今、二隻の戦艦による、とお伝えしたと思いますが」


 アダムスはコーヒーカップを手に取った。中のコーヒーはすっかり冷めてしまっている。


『たったの二隻で?』

「十分でしょう。あの二人の歌姫セイレーンが最前線で直接セイレネスを操れば、処理時間差も限りなくゼロになる。となれば、ただでさえ凶悪なあのセイレネスの威力は、いったいどうなることやら」

『バックアップは必要だ。万が一も起こり得る。あの二人は、人間だぞ。ロボットではない』

「おやおや?」


 アダムスはカップを置く。


「コアウェポンですよ、あの二人は。軍は彼女らに人格など求めてはおりません。国民とてそうでしょう。必殺の兵器。そうでありさえすれば、国家としてはどうだって良いのですよ」

『貴様!』

「もっとも、セイレネスのコアウェポンとしてより安定していただくためには、人格的安定が必要であることも証明されましたがね、先の戦闘以後」


 アダムスは、ヴェーラが著しく不安定になっていた時期の事を言っていた。あの後、三ヶ月はヴェーラは戦力にならなかった。あまりにも精神的に不安定で、セイレネスを十分に操れなかったのである。


「ルフェーブル大佐は、あの二人の歌姫セイレーンを最高の状態に保つために、あの二人の面倒を見ているわけです。そのあたり、自覚はありますか」

『……無論だ』


 エディットは聞こえよがしに舌打ちする。


「ならば結構。第六課はしばらくは出番はありますまい。作戦は我々第三課に任せて、ルフェーブル大佐は子守に全力をお注ぎください」

『貴様――!』


 激昂したエディットの表情を満足げに眺めまわし、アダムスは一方的に通信を切った。


「まったく、いけ好かない女だ」


 アダムスはゾッとするほどの低音でそう言い、さっきまでエディットが映っていた空間を爬虫類を思わせる視線で撫で切りにした。


の時代はもう終わった」


 アダムスはその唇の端に、冷え切った微笑を浮かべていた。

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