カティの言葉

 ドアをノックするのとほぼ同時に、カティはヴェーラの部屋の中に踏み込んだ。ヴェーラはベッドで上半身を起こした姿勢のまま、呆然とカティを見つめている。


「ダメだって言ったのに!」

「ベッキーに聞いたぞ」


 カティはヴェーラの抗議の声を完全に無視して、低い声で言った。そしてベッドの所に大股で近付いた。


「お前、何やってんだ!」

「ひっ……!?」


 ヴェーラは怯えたように布団を握りしめた。その空色の瞳が潤んでいる。カティは構わず大きな声を出す。


「人の命をなんだと思っている。人の命を奪うことをなんだと思っている!」


 その迫力に、ヴェーラは思わず涙を一粒こぼした。恐ろしかったのだ。


「ベッキーの罪を肩代わりしたつもりなのか、お前。お前のしたことで、ベッキーの苦しみが少なくなるとでも思ったのか、この馬鹿野郎!」

「カ、カティ……」

「誤解するなよ。アタシはお前がしたことを否定するつもりはない。その判断が間違えていたとも言えない。でもね、アタシは思っている。お前は根本的に間違えた。勘違いしているとね」


 カティはベッドの端に腰を下ろし、上半身を捻ってヴェーラを見た。ほんの数十センチ先にヴェーラの小さな顔がある。その顔は明らかに怯えていた。小さく震えてさえいた。


「カティは……」


 ヴェーラは唇を噛みながら、震える声で言った。


「カティは、ベッキーが人を殺した方が、大勢殺した方が良かったって、そう言っているの?」

「そうじゃない」


 カティはそう言い、ヴェーラの瞳を視線で刺し貫く。ヴェーラは眉根を寄せて、カティを睨み返した。


「ヴェーラ、お前はね、ベッキーに人を殺させたんだ」

「何を言ってるの……」


 ヴェーラは心底不思議そうにそう尋ねた。カティは首を振る。


「ベッキーが操っていた弾頭は人里離れたところに落ちたって聞いた。でもね、だからといって、お前、ベッキーが何も感じなかったなんて思ってるのか?」

「それは――」

「あいつが誰も、その手で殺さなくて良かっただなんて思ってると、お前は本気で思ってるってのか?」


 詰問。


 ヴェーラは俯いて、布団を握り締め直す。


 カティは黙って、ヴェーラの顔を見つめ続けた。ヴェーラは視線を合わせようとせず、ただカティの胸元あたりに視線を彷徨わせていた。


 そのまま五分、十分と経過する。二人はほとんど身じろぎすらしなかった。


「……ううん」


 やっとで、ヴェーラが首を振った。カティは表情を緩めた。そしてヴェーラの白金プラチナブロンドの髪をそっと撫で、頬に手をやった。ヴェーラは驚いてカティの目を見つめ、そして、囚われる。


「そうだ」


 カティは頷いた。


「それどころかね、ベッキーがどれだけ悲しんでいると思う? お前ひとりに罪を背負わせてしまったって、どれだけ苦しんでると思う?」


 カティの優しい声に、ヴェーラは大きく肩を震わせた。カティはその小さな頭をそっと胸に抱く。ヴェーラはかすれ、震える声で言った。


咄嗟とっさ、だったんだ」

「……そうか」

「咄嗟に思いついて、咄嗟にそうしたの。だから、どうしてそんなことになっちゃったのか、しちゃったのか。思い出せない。わからない」

「そう、か」


 カティはヴェーラの髪を、最大限に優しく撫でた。


「ヴェーラ、お前はよくやった。やるべきことをしたんだ」

「やるべきこと……? あんなことが……?」

「そう。あんなことをだ。だが、そんな中でも、お前はお前に出来ることをやったじゃないか。結果として多くの人々が死んだ。でも、お前が咄嗟にあんなことをしなければ、もっと多くの人が死んだんだろう?」

「数の問題なんかじゃないよ……!」


 死んだ人にとって、大切な人を失った人にとって、そんなこと。何の慰めにもならないじゃないか――。


 ヴェーラはきつく唇を噛んだ。下唇に歯の痕が鮮明に残るほどに。


「いいんだ。それでも。お前に出来たのはそこまでだ。お前はお前に出来ることをした。それは事実だ。誰がお前を責めたとしても、アタシはお前を守る。アタシが証言してやる。ヴェーラが恥じる必要なんてないんだって。ヴェーラが罪を感じる必要なんかないんだって」


 カティはヴェーラの頬に触れたまま、諭すようにそう言った。ヴェーラの瞳がみるみる潤み、やがて滂沱の涙を流し始めた。


「わたし、胸が痛いよ。苦しいよ」

「良いんだ、それで。我慢する必要なんてないんだ」


 カティはヴェーラの背中を強く抱いた。


「アタシたちは家族だろう? だから、独りで抱え込む必要もない。独りで苦しむお前を見ているのは、そりゃもう、耐え難いことなんだ」

「カティ……」


 ヴェーラはカティに抱きついた。強く、その身体を抱いた。


「アタシはお前の味方だ。間違えたら叱ってやる。必要なら怒鳴ってやる。でもね、アタシはお前の味方なんだ、いつだって」

「いつだって?」

「そうだ、いつだってだ」


 カティは囁くように言った。


「どんなことになろうが、お前が何をしようが、アタシはお前の味方だ」

「カティ……!」


 ヴェーラは泣いた。大声を上げて泣いた。苦しい、痛いと叫びながら。カティの背中に爪を立てながら。


 カティはヴェーラが泣き疲れて寝てしまうまで、ただずっとその髪を撫で続けたのだった。

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