#11-2:どんな顔をすればいい?

立場と役割と

 アーシュオン本土を核の炎が襲ってから、二週間が過ぎた。


 その間、ヴェーラとレベッカは自室に引きこもり、食事すらまともに摂ろうとしなかった。軍務についても、体調不良を理由に休んだ。エディットの要請でカウンセラーが派遣されたりもしたが、ヴェーラたちは固く心を閉ざし、一言も喋ろうとはしなかった。


 エディットは作戦の後始末および、セイレネスの評価レポートの作戦のため、連日夜遅くまで参謀本部に居残っていた。それは酷な作業ではあったが、それに忙殺されている間はまだ、不意に湧きあがってくる怒りの衝動を抑えることができた。自分への怒りと、ヴェーラたちに覚える罪悪感と、無力感と……それらネガティヴな感情が綯い交ぜになって、エディットの中をぐるぐると循環していた。


「遅くまでお疲れ様、姉さん」


 第六課の第一層に姿を見せたカティは、人影もまばらになった第二層、第三層を見下ろした。時刻はまもなく午後十一時。とうに夜勤タイムに突入していて、第二層の真ん中では夜間責任者であるレーマン大尉が、黙々と状況監視を行っていた。第一層にはエディットがぽつんと座っていた。


「今日は執務室じゃないんだ?」

「一人でいるとちょっとキツくて」


 エディットは疲れたような微笑を見せた。カティも似たような表情を見せて、そして肩を竦めた。


「正直、アタシは今でも何が起きたのか分かってないところがあるんだ。アーシュオンの都市に落ちた核弾頭。あれって、ヴェーラたちがやったってことで間違いないの?」

「ええ。でも、それを命じたのはアダムスで、それを追認したのは」

「わかってるよ、そんなこと」


 カティはハーディが使っている椅子をエディットの隣まで引っ張ってきて、腰を下ろした。


「でも、トリガーを引いたのはヴェーラとベッキー、なんだろ?」

「……そうね」


 エディットは疲れたように額に右手をやった。火傷の痕がこすれ合って、がさついた音を立てた。


「ヴェーラたちは、のよ」

「見た?」

「ええ。セイレネスの能力らしいんだけど、まるで現地にいるかのように、その攻撃対象、破壊対象がはっきりと見える……そういうことらしいのよ」


 それを聞いて、カティは思わず唾を飲み込んだ。そして髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、腕を組む。


「三百数十万の惨状を目にしてしまったって、こと?」

「そうなるわね。今でもヴェーラもレベッカも、毎晩うなされてるのを知ってるわ。真夜中にリビングで息を殺して泣いてる姿も見た」

「……なんて残酷なことを」


 カティは眉根を寄せ、視線を床に向けた。


「二人は、あのクラゲを撃沈する大戦果を挙げた。それだけで良かったじゃないか」

「そう、思う。でも、議会の承認も、大統領命令もあった。逆らえるものじゃない」

「……だよね」


 カティは溜息をつき、立ち上がった。エディットも書類や端末を処理して、億劫そうに席を立つ。


「カティ、車で来てる?」

「うん。姉さん乗せてこうと思ってさ」

「ありがたいわ」


 エディットは頷くと、階下のレーマン大尉にひと声かけて、作戦司令部から退室した。


 車の中では二人はほとんど無言を通した。カティは語り掛けるべき言葉を探せなかったし、エディットは自己嫌悪にまみれていて、それどころではなかったからだ。


 家に着くなり、エディットは上着を脱いだ。カティは空軍の制服のまま、ソファに座り込む。エディットは上着を空いてるソファの背もたれにひっかけると、そのままキッチンの方へ向かった。


「ビール、付き合える?」

「うん」


 カティは頷いて立ち上がり、エディットから缶を一つ受け取った。二人は缶を開けると、そのまま口を付けて一口二口と喉の奥に流し込んだ。


「ふぅ……」


 エディットは息を吐くと、ソファに埋まるようにして座った。カティは座ってから、緩やかに足を組む。


「アダムスの野郎、いや、アダムスのって気持ちはものすごく強いわ。でも」

「わかってるよ、姉さん。ここは民主国家だし、シビリアンコントロールが正常に働いているべき社会である以上、彼らがやれといったなら、軍はやらなきゃならない。アタシたちの意志なんてどうだっていいんだ」


 カティは静かにそう言った。エディットは「そうね」と呟き、またしばらく沈黙する。カティは黙ってエディットの次の言葉を待ち、また一口ビールを飲んだ。よく冷えた液体が、喉から食道、そして胃の中に落ちていくのがわかる。ただ、酔えそうにはない。


「はぁ……」


 エディットはカティを自分が座っている長ソファの方に誘う。ビールを持って隣に移動すると、エディットはカティの肩に自分の頭を乗せた。


「あなたに言い訳しようとしてる自分が滑稽だわ。いっそ笑い飛ばして欲しいわ」


 エディットはまた溜息を吐く。この二週間、弱音も吐かずに耐えてきたんだろうな――カティは察してエディットの肩を抱くようにして軽く叩いた。


「ごめん、姉さん。アタシ、そんな風に器用じゃなくて」

「知ってる」


 エディットは小さく笑い、「よいしょ」と身を起こしてまたソファに埋まった。


「姉さん」

「なに?」

「二人は、その、どうしてる?」

「……知らない」


 エディットは呟いて、ビールを一気に飲み干した。


「怖いのよ、私」

「うん?」

「私には想像すらできないから。何百万人もの断末魔、呪詛、苦痛。その手の一切合切に被爆さらされてしまった痛みが、わからない。でも、そうと知っていながら、私はあの子たちにやれと言ってしまった」

「だからそれは、アタシたちの誰にも責任なんてなくて」

「責任の問題じゃないのよ」


 エディットは小さく、「覚悟の問題」と付け加えた。


「でも命令無視なりなんなりさせたら、姉さんの立場が」

「そう、そうなのよ」


 エディットは天井をぼんやりと見上げる。機械の目が、薄暗い天井灯に忙しく焦点を合わせる。


「立場が危うくなる。どころか、軍法会議モノ。無期懲役か、あるいは、利敵行為だとみなされて銃殺だって。作戦にかけた巨額の費用は結局は税金なわけだし、国民だって黙っていないと思うわ。だから結局、ね」

「仕方ないだろ。誰だって同じだ。だけど」


 カティはビールの缶を手にしたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「二人に会ってくる」

「お願い」


 すがるようなエディットのその声は、大きく震えていた。


「……泣けないのって、不便ね」

「泣いてるのはわかってるよ、姉さん」


 カティはそう言って、目をきつく閉じた。



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