銀髪のセイレーン

 分かってるよ――ヴェーラは言葉にせずに応じた。


 ミサイルは十八発全てが制御下にある。万に一つも狙いを外すことはない。弾頭は百八十発。うち三十発を迎撃ミサイルへの対処に使ったとしても、残り百五十発。これだけあれば、一隻につき一発以上お見舞いしてもまだ余る計算だ。


 アーシュオン第四艦隊は広く散開していた。だが、無駄だ。一際巨大な航空母艦が、ヴェーラの視界に入る。あれが旗艦<ニック・エステベス>に違いない。ヴェーラは躊躇することなくマークした。


 MIRVの弾頭を分裂させ、最終軌道調整に入る。あと数秒以内に、眼下は核の光で焼かれ、艦隊は蒸発することだろう。味方艦隊への影響はベッキーが何とかしてくれる。ヴェーラはカラカラに乾いた喉を知覚する。息をすると、喉がヒリヒリする。目もじわりと痛む。


「あっ!?」


 見えた。何かが<ニック・エステベス>の甲板上に見えた。


 その瞬間、先行していた十四機分のミサイルおよび分裂した小弾頭が消滅した。爆発する事すら許されず、塵と化して消えた。


「セイレネス!? なんで!?」


 ナイアーラトテップはすでにいない。他にそれらしい気配を放つものはない。ロイガーもナイトゴーントもISMTインスマウスもいない。


 ふふふふ……。


 笑い声がヴェーラの中に入り込んでくる。銀髪、赤茶の瞳……。イメージは漠然としていたが、そんな女性が意識の中に映り込んだ。


「エディット! だめだ、弾かれた!」

『どういうことか、説明しろ』

「たぶん、敵の旗艦に歌姫セイレーンがいる。しかも飛び切り強力なやつ!」

『なんだと……!?』


 驚愕するエディットも、見たはずだ。ミサイルたちがレーダーからきれいさっぱり消え失せたその瞬間を。


「言った通りだよ! ね、ベッキー!」

『ええ。今一瞬、女性の、銀髪の人の姿が見えた気がします。私たちに抵抗すら許さなかった。たぶん、今の私たちじゃどうしようもできない相手です』


 レベッカの言葉を受けて、エディットは携帯端末を手に取った。そしてアダムスを呼び出す。


『作戦中なんですがね』

「うるさい、どうするつもりだ中佐。あれでは打つ手がないぞ」

『ふむ……』


 アダムスは呑気に数秒の沈黙を差し挟んだ。エディットは苛々と爪先で床を叩く。


『敵に歌姫らしき者がいるというのは大誤算でしたが。しかし、クラゲが撃破できると実証できれば、まあ、十分でしょうね』

「どうするんだ、二人はもう引き上げて良いのか」

『まさか。まだする余力はあるでしょう?』

「ミサイルは艦隊には通用しないことがわかっただろう」

『誰が同じ轍を踏むと言いましたか?』


 アダムスはしゃくりあげるように尋ねてくる。生理的嫌悪感を呼び起こされ、エディットは思わず携帯端末を投げ捨てそうになった。が、それを何とか堪えて奥歯を噛み締める。


『セイレネスの制御であれば、アーシュオンの都市部を狙うこともできるでしょう』

「なっ……!?」


 アーシュオンがした事と同じことをしろと言うのか! 何百万もの民間人を、殺させる気か!


『万が一にもアーシュオンの都市部にも、艦隊と同様の歌姫がいるとすればそれは由々しき問題でしょう? 防空能力を探るという大義名分も立ちましょうし、国民感情を考えても報復措置は妥当なところではないでしょうか』

「しかし! それでは我々の」

『おっと、誤解をされているようですね、大佐』


 アダムスは哂う。


『議会の承認、および大統領からのサインはすでに頂いておりますよ。艦隊攻略および報復措置に対して核弾頭の使用を許可する、という旨の書類にね』

「ハーディ! 確認!」

『事実です……』


 ハーディは間髪入れずに応答してきた。既に照会を行っていたのだろう。


『ご心配なく、大佐。これは大佐のお好きな正しいプロセスというヤツですよ。ここは民主国家。の承認があったということは、国民からの承認があったということです。です』


 その言葉に、エディットは両手を握りしめた。右手の火傷の痕が引き攣って痛んだ。


「……目標変更。聞いていたな?」

『聞いてましたけど……どこに?』


 レベッカが訊いてきた。ヴェーラはじっと息を潜めて成り行きを見守っている。


『アダムスです。適当にどうぞ。幾つかマークしておきますから、そのあたりに落としてください』


 適当に――!?


 エディットはその言葉に頭が沸騰しかけた。


 そんなことで――!?


 だが、今のエディットには、それを拒否する理由が見つけられない。そして、命令を変更する権限もないのだ。


 くそっ!


 エディットはきつく腕を組んだ。


 二の腕を掴んだ指の骨が、バキバキと音を鳴らした。

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