殲滅予告

 その瞬間、敵味方を問わず、誰もが言葉を失ったはずだ。


 クラゲが、ナイアーラトテップが、爆砕した。破片も残さないほどに徹底的に。


 周辺海域は甚大なる熱量に焼かれはしたものの、放射能による汚染はまったく確認されなかった。セイレネスの干渉によって、それら放射性物質すらも、その全てが破壊のためのエネルギーに変換されたのだろう。そう、ブルクハルトは推測した。


「放射線が出ないというのは思わぬ副産物だな」


 エディットは作戦が始まってからずっと立っていたのだが、ようやく今になって腰を下ろした。一つの主目的を達成したことで、少なからず脱力したのだろう。


 エディットは厳しい表情を変えぬまま、腕を組む。


 撃破できていなければ、味方艦隊が潰滅するところだった。まったく、貴様はとんでもない勝負師だよ、アダムス。


『大佐』


 その時、ハーディから呼びかけられる。


「どうした」

『クラゲは完全に消滅し、もう一隻も逃走経路に入りました。アダムスはナイアーラトテップへの攻撃を中止しました』

「中止だと!?」

『肯定です。いまさら、という気もしますが。攻撃目標をに変更する旨の通達が今、来ました』


 拒否権はない。敵艦隊を、それも最強の第四艦隊を一挙殲滅する千載一遇の機会だ。躊躇う理由もない。だが――。


『エディット、やればいいんだよね、敵の、艦隊』


 ヴェーラが張りの無い声で尋ねてきた。


『やるよ、だいじょうぶ』

「グリエール……」


 エディットは再び立ち上がり、眼下に並ぶ黒い筐体を見た。薄緑色の光が室内をぼんやりと照らし上げ、周囲の冷却システムが陽炎に揺れている。


『エディット、いまさらなんだけど、怒らないで聞いて欲しい』

「なんだ?」

『わたし、これから、人を殺すんだよね? わたしの力でアーシュオンの人を大勢殺すんだよね?』


 イエス。


 ノーとは言えない。


 ――エディットは沈黙で以て答えとした。


『でももう数の上ではヤーグベルテが勝っているのでは』


 レベッカが鋭い声で訊いてきた。


『あとは艦隊戦でも圧勝できるのでは? クロフォード大佐だって……』


 そう、レベッカは正しい。どうやったって、数倍の戦力を持っているヤーグベルテは負けない。無傷のエウロス飛行隊だっているのだ。敢えてここでセイレネスの力を使って核ミサイルを降らせる必要などないのだ。


 だが、作戦の指揮権は第三課のアダムス中佐にある。エディットにはそれを変更する権限がない。アダムスが作戦中止を言い渡せば終わりだが、それは有り得ない。一つでも多くの実績を積み重ねるため、そして冷徹なほど合理的な判断の下、アダムスはセイレネスを用いた一方的な大殺戮劇を求めるに違いないのだ。


「作戦は、作戦だ。変更命令は来ていない」

『……わかった』

『でも、ヴェーラ』

『わかったって言ってる。ベッキー、迷わせないで』


 ヴェーラはぴしゃりとそう言い放ち、レベッカは沈黙した。しかしレベッカは、その間にもきっちりと迎撃ミサイル群に対処していた。レベッカが「ついうっかり」防御に失敗すれば、全てが終わる。そしてその結果については誰も糾弾されないだろう。レベッカは知っていた。だが、できなかった。レベッカ自身、迷いがあったからだ。


 先に手を出してきたのはアーシュオンだったし、アーシュオンが無差別に殺した三百万人は民間人だった。その数倍の人々は今だって苦しんでいる。だが今、ヴェーラとレベッカが殲滅しようとしているのは、一人残らずだ。殺し殺されする、兵士たちだ。彼らを殺さなければ、ヤーグベルテの軍人が、あるいは、民間人が殺される。だから――。


 そんなレベッカの迷いが、エディットにも伝わった。エディットは首を振り、そして毅然とした声で言い放った。


「迷うな! お前たちに命令しているのは、この私、エディット・ルフェーブル大佐だ! 核を敵艦隊の上に落とし、一隻残らず消滅せしめろ! お前たちは私の命令に従うだけだ。そのとがは私が背負う!」


 生命への責任を負うのは、大人だけでいい。この子たちを利用している大人が、その罪を全て背負う、それが道理だ。


『ミサイル十四発が終末段階ターミナルフェイズ。残り四発は四分後です』


 ハーディの硬質な声が響く。エディットは下唇を噛み締めた。


「頼む、


 絞り出すような声で、エディットは言った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます