#11-呪詛と断末魔

#11-1:セイレネス・コントロール

黒い棺

 遡ること一時間、七月二十八日、十五時を過ぎた頃――。


 ヴェーラとレベッカは統合首都に新設された、新型のセイレネスシミュレータに乗り込んでいた。「巨大な黒い棺桶」という外観はほとんど従来のものと変わらなかったが、そこに接続されている機器類の数は桁違いだった。


 このシミュレータを収容するためだけに二十階建てのビルが建設され、二基のシミュレータおよび関連機材を格納するためだけに、実に八階分ものスペースを使っている。この巨大なシミュレータは、そっくり同じものがに搭載されるのだという。一つのシステムユニットとしては、それは尋常ではない大きさだった。


 十人も入れば手狭になってしまう程度の大きさの制御室の中にいるのは、エディットとブルクハルトだけだった。その部屋からは、ヴェーラたちが乗り込んでいる黒い筐体を眼下五メートルに見下ろすことができた。


「オペレーションルームとの論理回路のデータリンク確認。セイレネスシミュレータ再起動、コアシステム連結完了。全イコライザー、シーケンサー、正常動作確認。アンプリファイア、出力八十パーセントで固定。神経モニタリング正常値確認。搭乗者フィジカル、異常なし」


 ブルクハルトが一つ一つシステムの状況を確認して読み上げる。エディットは仁王立ちになって、黒い筐体が薄緑色に発光し始めたのを見つめている。その顔は全くの無表情だった。


 その時、ハーディの声が室内スピーカーを通して聞こえてきた。


『大佐、弾道ミサイル、発射シーケンスに入りました。発射タイミングは大統領次第ですが、遅くても一時間後でしょう』

「了解した。そっちでもこちらの状況はモニタできているか?」

『はい、テスト同様、問題ありません』


 エディットの声は、室内の監視モニタで拾われている。その傍らで作業していたブルクハルトが顔を上げる。


「ルフェーブル大佐、こちら側のシステムは全て正常。準備完了です」

「ご苦労、少佐」


 エディットは頷き、シミュレータの筐体に繋がっているマイクに向かって語り掛けた。


「グリエール、アーメリング、聞こえるか」

『よく聞こえてるよ』

『大丈夫です、大佐』


 すぐに二人から返事がある。が、少々トーンが低い。エディットは小さく咳ばらいをすると、手順通りの説明を始めた。


「作戦概要は先に述べた通りだ。第一に、弾道ミサイルをセイレネスにて誘導、および、防衛し、敵の艦隊を殲滅すること。ただし、ナイアーラトテップが攻撃範囲内にある場合は、ナイアーラトテップを最優先破壊対象とする。第二に、弾道ミサイルの影響から味方艦隊を防衛すること。――以上だ」

『あの、大佐』

「なんだ、アーメリング」

『私とヴェーラの役割を、交代することはできませんか』


 レベッカがおずおずと言った。エディットはその豪奢な金髪に手をやって、やがて両腰に手を置いた。


「さっきも話をしただろう。お前たちの適性的に、この分担が正しい」

『でも……!』

『良いんだよ、ベッキー。それがわたしの役割だって言うなら、わたしはそれをするだけだ。だからベッキーはベッキーに出来ることをして』

『ヴェーラ……』


 またか。


 レベッカは暗い筐体の中で自分を責める。


 ヴェーラがこう応じてくることは、最初からわかっていたのだ。ヴェーラが「ノー」と言うことを知りながら、自分は……。卑怯だ。なんて卑怯なんだ。クレフの時から何も変わってないじゃないか。レベッカは心の中で歯噛みする。


『ベッキーは卑怯なんかじゃないよ』


 そんなレベッカの心を見透かしてくるヴェーラ。そう、見透かされる事だって分かっているんだ。私はそれなのに――。


 そして私たちはこれから、をする。


 この作戦に於いて、弾道ミサイルを着弾まで誘導していくのはヴェーラの仕事だった。レベッカは、ミサイルと艦隊の防衛を行うことになっている。つまり、ミサイルで人を殺すのはヴェーラの仕事だということだ。


 二人での共同作戦というと聞こえは良いが、つまりはそういうことなのだ。殺すのは、ヴェーラだ。ヴェーラにやらせたいとは思わない。そんな事させたいと思うはずがない。だが、それを代わりに自分がやりますと、はっきりと強い意志を持って言えるかと問われれば、その答えは「ノー」だった。やはり自分は卑怯なんだ――レベッカは薄緑色に包まれた狭い空間の中で唇を噛み締めた。


 そんなレベッカの気持ちに気付かないエディットではなかったが、それでも今は軍服を着たエディットである。私情を表に出すことはない。


『ハーディです。大佐、第一波の弾道ミサイルが発射されました』

「始まったか」


 この血税の塊たちは囮だ。一発残らず迎撃されることだろう。作戦の万全を期すためとはいえ、派手で大袈裟な国防費の使い方だった。


「第二波が本番になる。二人とも、頼むぞ」

『了解』


 二人は声を揃えて返してくる。


 本作戦でナイアーラトテップを撃沈することができたとしたら、国防予算は大幅に増やせるだろう。民主国家の体を取っているヤーグベルテとしては、実績なしに予算は獲得できないのだ。税金の使途の説明も危うくなる。今回はアーシュオン最強の第四艦隊を引っ張り出すことに成功した。最悪でも、この第四艦隊を殲滅することができれば、それだけでも十分な成果として認められ、国威発揚に大いに役立つことだろう。


 茶番に使ってくれて――エディットは眉間に縦皺を寄せて、唸る。


 その時、操作卓コンソールを前にして表示されている数値を睨んでいたブルクハルトが注意を発する。


「ん? レベッカ、数値が不安定になっている。シーケンスが幾つか落ちてる。拾い直してくれ」

『す、すみません、少佐。部分的に再起動かけてください』

「わかった。順次再起動をかける。負荷が上がるから気を付けて」

『了解です』


 レベッカの深呼吸が聞こえてくる。


『ハーディより、制御室。弾道ミサイル第二波、上がります。成層圏を抜けたところからセイレネスへ制動移譲する旨、第三課より通達あり。モニタリングは発射直後より開始するとのことです。ブルクハルト少佐、準備は?』

「完了している」

『了解しました。攻撃のタイミング等々、制動移譲後のアクションは全てこちらに任せるとのことですが、大佐』

「任せる、だと?」


 エディットは眉根を寄せる。


「なんだその無責任な指示は!」

『アダムスの言うことです。細かい所でのミスは他人のせいにしたい、というところでしょう』

「あのクソ野郎……」


 思わず吐き捨てるエディットを横目で見ながら、ブルクハルトが淡々とマイクに向かって話しかけた。


「聞こえていたね。頼むよ、二人とも」

『はい』


 二人の歌姫セイレーンは、声を揃えて応じた。

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