赤 vs 白

 同日(七月二十八日)、夕刻――。


 ヤーグベルテの五個艦隊は予定通りのポイントで合流を果たし、そしてアーシュオン第四艦隊をおびき寄せることに成功していた。とはいえ、ナイアーラトテップ二隻と第四艦隊によって、半包囲されてしまっている位置関係である。艦船および航空機の数においては、ヤーグベルテが圧倒的に優勢であったが、アーシュオンには二隻のナイアーラトテップおよびその艦載機があった。戦場における戦力の質としては、やはりアーシュオンの方に圧倒的な分があった。


「敵機、百二十、か」


 カティはコックピットに滑り込み、状況を確認する。東に百五十キロの所に味方の大艦隊がいるが、まもなく制空戦闘が始まるとの連絡があった。すでにナルキッソス隊とジギタリス隊には、このエウロス飛行隊の母艦<リビュエ>から飛んでもらっている。まもなく艦隊艦載機との合流を果たすはずだ。


「エウロス・エンプレス1、カティ・メラルティン、出撃する!」


 カティの愛機、F108+パエトーンプラスが勢いよく空中へと射出される。カティの機体は真紅に塗り上げられていて、そのために空では非常に目立った。


 持ち主であるカティが休暇を取っているうちに、軍部によって『空の女帝』のパーソナルカラーとして真紅が採用され、勝手に機体を真っ赤に塗られていたという顛末てんまつである。休暇明けに自分の機体を見たカティは、思わず整備兵に詰め寄ったりもしたのだが、何度か乗っているうちになんだか慣れてしまった。威嚇効果も高く、今や敵機の大半がその真っ赤な機体を目にした瞬間に逃走経路に入るようにもなっていた。敵も味方も道を開けるそのさまは、まさに降臨と呼ぶに相応しかった。


『カルロス・パウエル、エンプレス2、続きます!』


 二番機である若き飛行士が追いかけてくる。その後を四機のエンプレス隊が追ってくる。全員が全員、超がつくほどのエースたちである。単独でも一個飛行中隊程度の働きをする事の出来る猛者である。


「エンプレス隊各機。我々はマーナガルム飛行隊のみを相手にする。他の部隊には構うな」


 カティは落ち着いた声で指示を徹底する。遥か前方に飛び交う戦闘機たちの姿が見え始めた。日没まであと二時間。その間に処理しきらなければ面倒なことになる。


「エリオット中佐、マクラレン中佐、マーナガルムは確認できたか?」

『こちらジギタリス1、マーナガルム確認。マークしました』

「了解」


 カティはHUDに示される情報を素早く確認する。


「よし、<リビュエ>、衛星で捕捉し続けられるか」

『こちら<リビュエ>、衛星は軌道の関係で難しいです。ですが、艦隊のイージス艦および情報収集艦とデータリンク確立してます。飛んでる二百機強の戦闘機のレーダーにもリンク。監視の包囲網できてます』

「よくやった。それでいい」


 カティは百キロの距離から超長距離ミサイルを撃ち放った。五機の僚機もそれに倣う。狙うはマーナガルム1である。こんなもので落とせるとは思わないが、攪乱くらいにはなるはずだ。一秒たりともマーナガルム1の自由にさせてはならない。その分だけ味方の被害が発生するからだ。


「エンプレス2は敵の電子戦機を探し出せ」

『了解、シュミット機ですね』

「そうだ。おそらく高空にいるが、格闘戦を挑む必要はない。睨みを利かせてくれればいい」

『承知です。パースリー隊連れて行きます』


 エンプレス2こと、カルロス・パウエルは、カティの機体を追い抜いて上空へと飛び去って行く。二十歳そこそことは思えないほどに肝の据わった男だった。カティはそんな副隊長を頼もしく思う。その天性の操縦センスは、恐らくカティをも凌駕する。エウロスのエースたちの間でも、カルロスのそれは恐るべき才能であるという見解で一致していた。


「アタシはマーナガルムの隊長の相手をする。エンプレス隊は他の二機を引き付けろ。手は出さなくて良い。損耗を避けろ」


 エンプレス隊は、無駄に落とされて良い人材ではない。だが、フォアサイトとマーブルは強力な敵だ。特に、シベリウス撃墜の直接要因となったマーブルこと、シルビア・ハーゼスは全くもって油断ならない相手だ。


「現時刻より、エンプレス隊の戦闘指揮をエンプレス2に任せる。の相手に集中させてくれ」

『エンプレス2、了解。こちら、敵電子戦機F201Eフェブリススターリング発見。戦場から追い出します』

「マーナガルム隊三番機の論理攻撃への防御も頼む」


 言いながら、多弾頭ミサイルを放つ。敵――マーナガルム1――も同様に撃ってくる。数十に分かれた弾頭を手動で制御しつつ回避行動もとる。多弾頭ミサイルは小弾頭であるとはいえ、一発でも食らえば戦闘機は落ちる。だが、カティはそれをまるで曲芸飛行のように回避し続ける。それは敵機も同様だ。


 そして彼我の距離が一瞬で縮み、限りなくゼロになる。


 双方があいさつ代わりの機関砲を撃ち放ち、共に命中弾のないままに交錯する。


 眼下にはヤーグベルテの大艦隊がいて、おびただしい密度の対空砲火を撃ち上げていた。アーシュオンの攻撃機は、爆撃態勢に入ることもできずに、空中で右往左往させられており、そこにジギタリス隊やナルキッソス隊、その他の飛行隊が襲い掛かって殲滅していった。


 制空権に関しては、間違いなくヤーグベルテが守り切ったと考えても良いだろうと、カティは分析する。その間にもカティはマーナガルム1の純白の機体の後ろに食らいついて、機関砲を幾度も放っていた。全く当たる気配がないあたり、さすがはである。


 二機が飛ぶ軌道上には、敵も味方もいなかった。まるでぽっかりと空隙があるかのように、二機は誰にも邪魔されることなく接近格闘戦ドッグファイトを繰り広げる。満載のミサイルも、機関砲弾も、その全てがたった一機の敵機に向けて惜しげもなく使われる。


「さすがに強い!」


 捻り込みで後ろを取って来た純白の機体を首を巡らせて視認し、カティは呻いた。機体の性能はおそらく敵方の方が少し上だ。F108+パエトーンプラスは名機だが、所詮は量産機だ。敵方の、PXF001レージングは少数生産のカスタム機。かけている予算もチューニングの自由度も、恐らくはかなり上のレベルを行っている事だろう。


 後ろから津波のような機関砲弾が襲ってくる。至近距離を通過する二十ミリ弾の衝撃波に機体が叩かれる。食らうか食らわないかはもはや紙一重だ。


「行くぞ、猟犬……!」


 カティは機首を思い切り下げた。濃い青を湛える海面が視界に入る。視界いっぱいにヤーグベルテの艦艇が浮かび、統率された対空砲火を撃ち上げている。その中にマーナガルム1を引き連れて突っ込んでいく。コンピュータ制御された対空砲は、味方機を誤射しない。カティはそれを信じてひたすら弾幕の中を横切っていく。後ろをついてきたマーナガルム1は、一気に距離を詰めてほぼゼロ距離の位置につけてくる。こうなってくると、味方の弾幕はあてにできない。


 マーナガルム1が機関砲を撃ち、カティは海面スレスレまで降下してそれをやり過ごす。マーナガルム1は天地反転してカティ機を追ってくる。まるで海面に押し付けようとするかのようなプレッシャーを掛けてくる。カティは海面に対してエンジンノズルを立て、一気に吹かし上げた。機体は水面に反射したかのように跳ね上がり、マーナガルム1とあわや衝突かという所まで接近する。カティは素早く機体を宙返りさせて、マーナガルム1の後ろにつけることに成功する。その瞬間に、カティの機体が二十ミリ弾の弾雨を降らせる。


 アタシは負けられない!


 カティの脳裏に二人の少女が浮かび上がる。あいつらだって今は戦っている。詳しくは知らされていないが、この大艦隊での作戦の鍵となるのは、あの二人――ヴェーラとレベッカ――であることは確かだった。エディットからは、二人の能力を阻害しないためにも、「カティが撃墜されることだけは許されない」と告げられている。


 好きで撃墜されるヤツなんていない。


 機関砲の残弾表示が見る間に数を減らしていく。一分間六千発という連射速度を持つ機関砲である。搭載している一千発など、たったの十秒で撃ち尽くしてしまう。だが、それは敵も同じだ。


 、か――。


 ヨーンの予言は、一字一句違わず的中したということになる。


 ヨーンの顔と、その声を思い出した途端、カティの中で何か力が漲って来た。同時に、視覚がさらに鋭敏になり、身体感覚もより一層クリアになった。


『カティ、がんばって!』


 不意に、声が聞こえた。それはヴェーラの声のようにも聞こえた。


「ヴェーラ……ありえなくもないか」


 二人の歌姫セイレーンたちは、セイレネスという、あの意味の分からないシステムを使っている最中だろう。だとしたら、不可解な現象の一つや二つ起きたところで、たぶん、驚くには値しない。


「集中集中!」


 呟く間もなく、カティの集中力は極限にまで高められていた。マーナガルム1の動きも、周囲を飛び交う敵味方の影も、艦船たちも、その全ての動きの数秒先までが読めていた。電子的な攻撃も絶えることなく続いていたが、カティはそれらの攻撃に対する防御まで、左手一本でほとんど無意識にこなしていた。


 マーナガルム1の純白の機体を真正面に捉えた。敵機から電子的中和が試みられてきているのがわかるが、カティのシステム書き換え速度はそれを上回った。


 ロックオン――!


 すかさず多弾頭ミサイルが放たれ、十六もの小弾頭に分裂して次々とマーナガルム1に襲いかかっていく。


「恨むなよ!」


 機関砲での追撃。艦艇群からの対空砲火をも利用して、マーナガルム1の逃げ道を塞ぐ。小弾頭が次々とマーナガルム1の純白の機体に吸い寄せられ……。


「なんだと!」


 全てが避けられた。この距離、このタイミング、この弾幕の中で、十六発全てをかわしきった。その手品のような飛行技術を目にして、カティの全身の汗腺が開き、汗が噴き出た。自分であれば避け切れたとは思えない――。


 再度ロックオンすることに成功したが、今度はミサイルを放つ直前に視界から消えた。急降下である。カティもすかさず天地を反転させながら、落ちていくマーナガルム1に追いすがる。二機は同時にオーグメンタを点火し、音速の壁を易々と飛び越えて、衝撃波を撒き散らして戦闘空域を真っ二つに引き裂いていく。


『<リビュエ>から、エウロス全機へ! 本土からの弾道ミサイルがまもなく終末段階ターミナルフェイズに突入する。その空域は大丈夫だと思うが、警戒されたし! 落着および影響範囲について、各機レーダーに反映した。各員確認の上、進路に注意!』

「弾道ミサイル……」


 核か。狙いは……クラゲ?


 <リビュエ>から送られてきた弾道予測では、敵艦隊と味方艦隊の中間地点あたりを目標にしているように見受けられた。ちょうどクラゲが闊歩しているあたりだ。


 遥か水平線の先から、数百にも及ぶ迎撃ミサイルが撃ち上げられていた。ヤーグベルテ本土からの弾道ミサイルを迎撃するためのものだろう。そして<リビュエ>に搭載されている演算装置の予測では、全弾撃ち落とされることになっている。


 そしてこのままいくと、次弾を撃つ前に、クラゲが艦隊と接触してしまう。


 どういうつもりだ――?


 カティの注意が逸れたその一瞬を突いて、ほとんど並行飛行していたマーナガルム1が、突然進路を変えた。あまりの急激な機動マニューバにカティは対応が大幅に遅れてしまう。


「くそっ、逃げるか」


 空域にはほとんどアーシュオンの戦闘機は残っていなかった。艦隊への被害は軽微、航空戦力も少なくともエウロスは被害ゼロである。


『エンプレス2より、エンプレス1。シュミット機が逃走。マーナガルム3および4も退避行動に入りました。追いますか?』

「いや、その必要はない。エウロスは全機<リビュエ>に戻る。補給も必要だ」

『承知しました。では、指揮権戻します』

「了解」


 カティは飛び去って行く四機の超エースたちを一瞥し、進路を母艦<リビュエ>に向けた。


 何をするのかはわからんが、ヴェーラ、レベッカ、しっかりやれ。


 カティは祈るようにそう呟いた。






 

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