#10-2:状況開始

カードは全て切られ得る

 ヤーグベルテの機動戦力は五個艦隊にも及んだ。史上最大規模の機動艦隊であり、海軍の動員兵力三万八千名、空軍随伴戦力の飛行士パイロットおよび付随人員合わせて二千数百名、合わせて四万名超が最前線に動員されることとなった。


 対するアーシュオンは、虎の子の第四艦隊マヘスにいくらかの戦力増強を行っただけの小規模な艦隊で、会敵予想海域に布陣していた。第四艦隊旗艦<ニック・エステベス>のかたわらには、二隻のナイアーラトテップが陣取っていて、それこそが迎撃作戦の要となる戦力であった。


 無敵の超兵器オーパーツ、ナイアーラトテップを制御下に置き、しかも二隻を同時に運用するというのだ。軍の首脳部も、アーシュオン国民も、この迎撃戦に於ける大勝利を疑う者はほとんどいなかった。ナイアーラトテップによって、鬼門である第七艦隊を殲滅し、マーナガルム飛行隊によってエウロスのを撃墜する――そんなシナリオが、アーシュオンメディアのコメンテイターからぽんぽんと飛び出してきていた。


 だが――。


「核魚雷、ですか」


 第四艦隊に向かっていた輸送艦隊が、ヤーグベルテ潜水艦艦隊によって一隻残らず撃沈されたという報告が、中参司二課・ミツザキ大佐経由でヴァルターたちに伝えられる。ミツザキの姿は室内前部にある大型のスクリーンに映し出されている。


『状況から見て間違いない。ヤーグベルテも核解禁というわけだ』


 ミツザキはその赤茶の瞳に強く光を反射させながら、冷淡な声で言った。それに対し、クリスティアンが例によって前の席に足を投げ出した、半分寝転がったような姿勢で指摘する。


「あちらさんの新兵器テラブレイカーのお披露目時に散々核を降らされてた気がするけどな」

『あの件は国民には非開示だからな。だから、今回のこれが事実上、ヤーグベルテ初の核攻撃ということになる』

「政治の世界ってやつぁ、どーにもなりゃしねーなぁ」

『貴様は気に入らんが、その意見だけは肯定しておいてやる、シュミット大尉』

「どーもどーも」


 クリスティアンは両目を閉じながら横柄に応じる。その丁々発止たるやりとりに、ヴァルターは肝を冷やしている。そんなヴァルターの気持ちを知ってか知らずか、フォアサイトまでがそれに乗っかる。


「戦争では手段を選ばないって見せちゃったのは、ウチらの方だしねぇ」

『もっともだな、オーウェル中尉。おっと、そろそろそっちの艦隊も接敵するようだ。私は作戦指揮の仕事に戻る』


 ミツザキは軍帽を被り直しつつ、少し早口にそう言った。ヴァルターたちは一応起立して、敬礼を送った。


『そうそう、一つ言い忘れていた。そちらの艦隊に二課所属の技術将校、ユイ・ナラサキ少佐を派遣した。一応、ドーソンの副官という位置で潜り込ませているが、もとよりドーソンは副官を必要としないタイプでな。おそらくナラサキも暇を持て余しているはずだ。見つけたら適当に捕まえてやって構わない』

「は、はぁ……」


 ヴァルターはクリスティアンやシルビアと顔を見合わせた。フォアサイトはつまらなさそうに、タブレット端末でなにやら落書きをしていた。


『ではな。健闘を祈る』


 ミツザキは例によって冷たい微笑を浮かべると、通信を切った。


 ヴァルターは手元の端末を操作して、CIC戦闘指揮所より開示されているレーダー画像や付随する戦闘状況ログをスクリーンに投影した。これから何らかの指示があるまで、各部隊の飛行士アビエイターたちは、この映像を見ながら過ごすことになる。


「敵……第三艦隊が一目散に逃げてますね」


 シルビアが腕を組みつつ、画面の情報を読み取った。直近に現れた第三艦隊に対して、ナイアーラトテップを派遣したものの、ナイアーラトテップは第三艦隊が置いていった廃艦デコイたちに食らいついてしまった。


「デコイを夢中で沈めてやがるな」

「二課の方で制御できるって話じゃなかったっけぇ?」


 クリスティアンとフォアサイトがぶつくさと言っている。ヴァルターも腕を組みつつ、スクリーンを睨む。


「制御できると言っても、任意のタイミングで攻撃を開始できるとか、そのレベルなんじゃないか?」


 従来型は攻撃するかどうかも運任せみたいなところがあったし――。


「隊長、第七艦隊より弾道ミサイルが上がりました」


 シルビアの淡々とした報告にスクリーンを見直せば、確かに弾道ミサイルのマーカー及び観測映像が表示されていた。それを確認するや否や、四人は顔を見合わせ、そして立ち上がる。それと同時に、緊急放送が室内に響き始める。


『全飛行士アビエイターに告げる。直ちに出撃準備および順次発艦されたし。繰り返す――』

「早ぇな。突撃か?」

「弾道ミサイルの飽和攻撃対策だ。敵艦隊との乱戦に持ち込むつもりだろう」


 スクリーンを見れば、ナイアーラトテップのうち一隻はデコイを食い尽くしてヤーグベルテ第三艦隊へ向けて航行中。もう一隻、第四艦隊の護衛についていた方は、大きく進路を変えていた。おそらくは敵の大艦隊を挟撃する腹積もりだろうと、ヴァルターは分析する。


「よし、行くぜ、ヴァリーさんよ」

「あ、ああ」


 肩を叩かれて、ヴァルターは我に返る。


「なんだ、浮かねぇ顔してんな。心配事か?」

「いや……。何か釈然としなくて」


 四人は駆け足で移動を始める。他の飛行士アビエイターたちもカンカンと足音も高らかに駆け抜けていく。ヴァルターたちの出撃順序は最後だったので、まだ時間には余裕がある。ヴァルターは隣を駆けるシルビアに声を掛ける。


「今回の、どう思う?」

「ナイアーラトテップ攻略の糸口でも掴んだのかもしれませんね」

「クラゲを攻略? ナイトゴーントさえ落とせてないのにか?」


 ヴァルターは眉根を寄せる。


「私の推測のようなものですが、ヤーグベルテは最初からロイガーやナイトゴーントに特化した対策は考えていないように思えます。ISMTインスマウスは言うまでもなく」

「ナイアーラトテップだけを攻略対象に……?」

「まずは、といったところです」


 シルビアはそう言って、ちらりとフォアサイトを窺った。フォアサイトは「さぁねぇ」ととぼけてみせた。シルビアはフォアサイトもまた情報部関係者であると知っていたから、何らかの情報を持っているはずと踏んでいた。そしてその情報量は、シルビアよりは多いはずだとも。


「まずは、というより」


 フォアサイトは「仕方ないなぁ」とぼやきながら情報を補足してきた。


「クラゲちゃんさえ攻略できれば、他のはおのずとなんとかなるって見越したのかもしれないよ、ヤーグベルテはさぁ」

「ふむ」


 ヴァルターは甲板へ通じる扉を開け、階段を駆け上がる。上がったすぐその先に、純白の愛機、PXF001レージングが待ち構えていた。


「ナイアーラトテップ、か」


 機体に乗り込み、ヘルメットを被ったその瞬間、ヴァルターの頭の中で、が響いた気がした。


「またか」


 ナイアーラトテップが動くと、決まって何かが聞こえる。耳鳴りのようでもあったし、単なる気のせいにも思えなくもない程、微かな音だ。


 その時、ようやくヴァルターは思い出した。


……!」


 そうだ。三年ばかり前に、ミツザキ大佐と、アイスキュロス重工の技術本部長であるアーマイア・ローゼンストックに教えられた、ヤーグベルテの切り札――セイレネス。それは、ナイアーラトテップが敵として出現するようなものなのだという。そして、ヴァルターたちは、「対セイレネス能力」とでも呼ぶべき能力を持っている可能性がある――。


 まさか。


 だとしたら、俺たちに何ができる?


 ヴァルターの口の中が急速に乾き始める。


 まさか奴らは、俺たちがした事と同じことをしようとしている……!?


 ヴァルターは背筋が凍るような感触を覚えつつも、半ば自動的に発艦シーケンスを進行させた。

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