#10-シナゴーグ

#10-1:出撃前夜

迎え撃つ

 ヤーグベルテの守護神、シベリウス大佐が戦死してから間もなく一年になる頃、二〇八七年七月――。


 アーシュオン中央参謀司令部は、ヤーグベルテによる侵攻作戦の情報を入手する。公式にはこの百数十年ぶりの外国への侵攻ということになる。平和主義・専守防衛を掲げていたヤーグベルテが、遂に牙を剥いた……という格好なのだが、その情報に対して、アーシュオンの首脳部は総じて懐疑的だった。というのも、ヤーグベルテの海軍は、第七艦隊を除いてはもはや艦隊のていを為すことが難しい程に損耗していたし、虎の子であった四風飛行隊も、慢性的に定数の半数を割っている状態に陥っていた。対外侵出を行うためには、どう考えても戦力が足りなかった。


 軍の首脳部はこれに恐るべき罠の臭いを感じ取ってはいたのだが、政治家や国民たちはそうではなかった。アーシュオンは無敵の超兵器オーパーツたちを有しており、疲弊損耗したヤーグベルテ軍など物の数ではない、一挙殲滅を――そういった論調が大半を占めた。そしてアーシュオンはやはり、表向きは民主国家なのである。


「結果、第四艦隊が中心となって、ヤーグベルテを邀撃ようげきするということになった」


 ブリーフィングルームにて、ヴァルターは残り三名になってしまった部下たちに、プレミーティングにて状況を説明していた。クリスティアンは相変わらず前の席に足を乗せてだらりと座っていたし、シルビアは無表情にまっすぐにヴァルターを見ていた。フォアサイトに至っては、堂々と舟を漕いでいた。


「フォアサイト、起きろ」

「んにゃっ!?」


 慌てて首を振るフォアサイトに、ヴァルターは呆れたように肩を竦める。


「出撃はまだ先とはいえ、もっと気を引き締めてかかれ」

「っていうけどさぁ、ヴァリー君」


 クリスティアンが頭の後ろで手を組んだ状態で口を挟んでくる。


「俺たち、もう一年近く実戦なしで放置だぜ? 気ぃ引き締めれって言われたって限界があるわぁ」

「……確かにな」


 そうなのだ。あの殺害作戦に成功した後、彼らは国家的英雄として称えられた。そしてその後は取材攻勢を受け続け、訓練すら後回しにされて、徹底的に広告塔として利用された。その後は第四艦隊旗艦<ニック・エステベス>もドック入りしてしまい、地上でのスクランブル要員からも外されてしまった。もはや訓練飛行すらままならない状態である。


「それによ、いつになったらウチの隊、補充あるわけ。四機で飛行隊ってのもカッコがつかねーよ」

「それは……」


 その時、部屋のドアが開いて、ミツザキ大佐が軍靴の音も高らかに入出してきた。反射的に全員が立ち上がり、敬礼をする。


「ご苦労。座ってよろしい」


 ミツザキはその赤茶の瞳でメンバーを見回し、ヴァルターが席についたところで一つ咳ばらいをした。


「人員の件は、私が全て却下した。どうせまともな人材などいない。生半可な人材を入れて、直後に撃墜でもされてみろ。軍としての士気が下がる」

「アウズやナグルファリからの編入でもいいんだぜ?」


 クリスティアンが挑戦的な口調で言うが、ミツザキは「フン」と鼻で哂って返した。


「奴らは確かに優秀だが、貴様らとは飲んでいる水が違い過ぎる。他の隊に幾らか候補はいたのだが、先般のエウロスとの戦いで、目星をつけていた飛行士アビエイターの尽くがKIA戦死。残念だ」

「しかし、いつまでも四機では……」


 ヴァルターが手を挙げつつ言う。が、それに対するミツザキの返答は、「他の飛行隊との連携で何とかしろ」という実に取り付く島もないものであった。


「それでは本題に移る。知っての通り、ヤーグベルテが反攻作戦を企てた。第七艦隊が中心となる事からも、その本気度はわかるだろう。繰り返すが、奴らは本気だ」


 第七艦隊が、というよりは、その司令官リチャード・クロフォード准将が問題なのである。実の所、アーシュオンは今までただの一度とて、クロフォードの率いる部隊に勝てたことがない。


「しかしながら、我々は第四艦隊マヘスにいくらかの拡張を行った戦力で、ヤーグベルテの全軍を迎え撃つ」


 そこでブリーフィングルームの正面中央に、巨大クラゲこと「ナイアーラトテップ」の巨体が映し出された。その画像は極めて詳細で、ヴァルターですらここまでつぶさにその威容を確認できる画像を見たことがない。


「こいつを。第四艦隊に随伴させる。知っての通り、一隻で一個艦隊に匹敵する戦力になる」

「大佐、しかし、それは指揮系統の問題がありましたよね」


 ヴァルターが疑問を口にする。ミツザキは冷たい表情を崩すことなく肯いた。


「そうだ。簡単に言えば、な兵器だったわけだが、中参司二課は、その問題点を克服した」

「克服……」

「詳細は機密だ。だが、以後こいつらは確実に、中参司二課からの命令は実行する」


 その手法がどういったものなのかは、ヴァルターたちは一様に気にはなったが、ミツザキは決して機密を明かすような人物ではない。仕方なく、ヴァルターは別の話題を口にする。


「その戦力で迎撃にあたることは理解しました。ところで、敵の航空戦力についての情報はありませんか。我々も対策を考える必要があります」

「そうだな」


 ミツザキは頷き、ナイアーラトテップの画像を消した。そして一人の赤毛の女性の写真を映し出す。クリスティアンが「美人だねぇ」などと言いつつ口笛を吹いた。


「この女がエウロス飛行隊の新隊長を務めている、カティ・メラルティンだ。階級はまだ少佐だが、一年に渡って、暗黒空域の直卒だったと言われている」

「このべっぴんさんが率いてたのか。もしや、あのか? 他の艦隊の知り合いから聞いたんだけどよ」


 クリスティアンがポンと手を打った。ミツザキは「そうだ」と端的に答える。


「ヤーグベルテでは、などという二つ名がついているらしい。事実、暗黒空域を殺害して以後、このメラルティンという新隊長および、副隊長のたった二機によって、我が軍は五十を超える損害を計上している。よって、今回最も警戒すべきは、このの出現だ」


 そこでシルビアが手を挙げる。


「エウロスが出てくる見込みは? 二課の見解で結構ですが」

「ほぼ確実だ。第七艦隊が四風飛行隊から随伴を選ぶとすれば、エウロスだろうと我々は踏んでいる」

「……なるほど」


 シルビアはそう頷いて、黙った。


 ミツザキは四名を見回し、それ以上の質問がないことを確認すると、スクリーンの映像を消去した。


「今回、ヤーグベルテは必ず何かを企んでいる。だが、アーシュオンの首脳部連中は、戦う前から楽勝気分でいる。こういう時は、必ず何かが起きる。お前たちだけでも気を引き締めてかかれ」


 ミツザキはそう言ってドアの前に移動する。


「お前たちの命は、お前たちが思っているほど安くはない」


 意味深にそう言い放つと、ミツザキはドアの向こうに消えて行ったのだった。

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