#09-2:出会い、別離

ペットショップにて

 それから二時間後、三人はジョンソン伍長とタガート兵長の護衛を受けながら、統合首都中心部にある大型ペットショップにやってきていた。ヴェーラとレベッカは子犬や子猫にメロメロになっていて、エディットはそれを微笑みながら見ていた。普段の、参謀部にいる時のエディットを知っている者が今のエディットを見かけたなら、二度見、あるいは三度見をしたに違いない。そのくらいに柔和な表情をしていた。


 ちなみにいくら休日とは言え、スウェット姿のまま外出……などということはなかった。グレーのカットソーと黒いジーンズ、その上に薄手のトレンチコートを羽織っていた。襟を立てたそのスタイルは、黙っていてもやはり軍人を連想させられるくらいの緊張感を孕んでいた。


 ヴェーラはというと落ち着いた赤い色の長袖のシャツにジーンズ、その上にベージュのコートと黒のベレー帽を被っていた。靴はレベッカとお揃いのスニーカーである。


 かれこれ二時間が経過しているが、ヴェーラとレベッカは連れ立ってうろつき続けており、未だ決定には至っていない。これは今日は決まらないかな? などと思い始めた頃、ヴェーラが遠くからエディットを呼んだ。


「エディット、本当に飼っていいの? わたしたち、世話あんまりできない気がするけど……」


 ヴェーラは小さな灰色のウサギを抱き上げていた。その子はヴェーラの人差し指をペロペロと舐め始める。


「くすぐった……!」


 ヴェーラは慎重にしゃがむと、その子ウサギをケージの中にそっと戻した。


「世話なら私もするし、留守にする時は頼めるアテがあるわ。嫌な言い方をするなら、これはあなたたちの精神状態の安定のための措置。大きな目的あってのことなの」

「うん――」


 ヴェーラはウサギを見つめたまま頷いた。レベッカはとろけそうな顔をして、子ウサギたちをじぃっと観察していた。


「じゃぁ……この子がいいな、わたし」


 ヴェーラはさっき抱いていた灰色のウサギを指差した。レベッカも「うんうん」と激しく頷いた。


 それからヴェーラとレベッカはずっとソワソワしっぱなしだった。エディットが引き渡しに必要な書類を書き、必要な道具やエサ一式を揃え、最終的に会計を済ます段階に至るまで、ずっとだ。本当に飼えるのか、最後まで半信半疑だったのだろう。そんな子どもらしい反応を見て、エディットは久しぶりにのような何かを感じた。


 結局、この子たちから貰うばかりか――。私も結局、卑怯な大人の一人なのか。


 エディットの心の中にはそんな思いが燻っていた。寄り添ってウサギを撫でている二人の少女を眺めながら、がっくりきてしまう。


 帰りの車の中でも、エディットの気持ちはどこか曇り空だった。


「どうしたの?」


 後部座席の真ん中に陣取ったヴェーラは、浮かない顔をしたエディットの顔を覗き見る。その蒼い瞳に見据えられて、エディットは少し狼狽えた。


「ウサギじゃなくて、犬とか猫とかのほうが、よかった?」

「え、いえ、そういうわけじゃないのよ。まぁ、意外ではあったけどね」


 エディットは極力自然な微笑を浮かべようと努力する。しかし、ヴェーラはじっと見る目を逸らさない。数秒の後、エディットは観念したように肩を竦めた。


「わかったわ。うん。言うけど」


 エディットはヴェーラと、その向こうにいるレベッカを見た。


「軍人としては、あなたたちには本当に申し訳ないと思っている。大人の都合で勝手な事ばっかり。そして近い将来、あなたたちを戦場に駆り出そうとしているのだから」

「それはさ、言いっこなしだよ。わたしたち、最初からそうなんだから」

「そうです。覚悟は決めてるつもりです。カティだけ戦わせておいて、自分たちはイヤですとか、ありえません」


 二人は思いのほか強い口調で口々にそう言った。


「そう、か……。これはもう私の心配する事じゃなかったみたいね」


 エディットは複雑な心境だった。まるで親離れされてしまったみたいな気分である。


「はぁ。じゃぁ、あなたたちの保護者としての話ね。正直ね、私、あなたたちにどう接して良いのかわからなかった。今でも手探りで。少しでも家庭というものを知ってもらおうと思って、私なりに努力はしたけど、ダメで……」

「えー?」


 ヴェーラが妙な声を出した。


「すごく楽しいけど、わたし」

「え?」

「楽しいよ? 士官学校にいた時とか、それより前とかより、ずっと今が楽しいよ? ねー、ベッキー」

「うんうん」


 二人はウサギを撫でながら頷き合った。エディットはわけが分からなくなって混乱してしまう。


「だってさ、家に帰ったらエディットがおかえりって言ってくれるし。休みの日起きたらエディットがおはよって言ってくれるし。おやすみなさいって言える人がいるだけで、一日の終わりも全然違うよ」

「そんなこと――」

「エディットはね、私たちのためにいつだって心砕いてくれてるでしょ。わたし、エディットから見たら全然お子様だと思うけどさぁ、そのくらいわかってるよ?」


 ヴェーラはその天使のような顔で微笑んだ。その向こうではレベッカも美しすぎる微笑を浮かべている。その時、ヴェーラが不意にニヤリとした。


「ピザ頼み放題だしさ」

「台無し!」


 ものすごい反射速度で、型どおりに突っ込むレベッカである。


 その二人を見て、エディットは思わず噴き出し、声を立てて笑った。

 

「はぁ……不意打ちしないでよ、ヴェーラ」


 エディットはヴェーラのその白金の髪をぐしゃっと掻き回す。


「まったく、泣かせてくれるんだから」


 機械の眼窩には、落涙の機能なんてないのだけれど。


「ずっとモヤモヤしてたから、せっかくだし今言うね、ヴェーラ」

「う、うん?」

「ごめんなさい」

「えぇっ!? な、なに!?」


 ヴェーラは目を丸くしてエディットの頭頂部あたりを見ていたが、やがてその意味に気が付いたようだ。


「あの、だーいぶ昔の、頬っぺたひっぱたかれたときの?」

「……ええ」


 エディットは顔を上げた。ヴェーラはウサギを膝の上に抱きながら、ケラケラケラと笑った。


「あの時はさー、うん、今もかもしれないけど。ちょっとわたしも頭に血がカーッと上っちゃって。エディットだって立場があるし、しなきゃいけないこともあるし。でも、わたしにだって譲れない事くらいあるし。それがガツンとぶつかっちゃった」


 ヴェーラは目を細めて子ウサギを見つめている。


「でも、それだけだよ、エディット。わたしはわたしの言いたいことを言えた。だからきっと、良かったんだと思う。でも、エディットにはつらいことさせちゃった。わたしこそ、いろいろ迷惑かけてごめんね」

「迷惑?」


 エディットは恐る恐るウサギの背中に手を伸ばした。生まれてこの方、小動物は触ったことがなかった。その毛に覆われた背中は見た目以上に小さくて、脆そうで。指で撫でるのが精いっぱいだった。


「迷惑なんて、私たち大人があなたたちに課してることに比べたら大したことないわよ、ヴェーラ」

「迷惑かけてる事は否定しないんだ?」


 ヴェーラは破顔する。太陽のような、眩しさだった。エディットは目を細めて言った。


「だって事実でしょう?」

「うん、事実だね」


 ヴェーラはニコニコしながらそう答えたのだった。





 

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