海に開いた穴を見つめて

 あんなのは……戦闘でも何でもない。


 第四艦隊旗艦<ニック・エステベス>に着艦したシルビアは、コックピットの中でヘルメットを脱ぎ捨てて、頭を抱えていた。ヤーグベルテが持ち出してきたAX-799テラブレイカーによって三個艦隊が丸ごと消滅させられた時にも感じたが、こんな戦闘が今後のスタンダードになるんだとしたら――。


 人の命の欠片すら残さず、生存の希望すら残らず摘み取っていく。そんなものが戦闘と言えるのか、と。


「あんなの、ただの、虐殺じゃないか」


 ヤーグベルテの第二艦隊が戦っていたあたりは、海に穴が開いていた。艦隊など、影も形もない。退却していた第四艦隊の艦艇も、いくらか巻き込まれたのだという。


 ISMTインスマウス――悪魔の兵器。ヤーグベルテの無辜むこの命数百万を奪っただけでは飽き足らず、なおも貪欲に犠牲者を求める兵器。今回はそれによってヤーグベルテの第二艦隊は完全に消滅した。


 そして――。


 暗黒空域は、死んだ。


 大戦果なのに、空虚に過ぎる。あまりにも、虚しい。敵とはいえど、仮にも英雄であった人物をこんなアンフェアな手で殺してしまうきっかけを作ってしまったことを、シルビアは恥じた。


「おぉい、石頭マーブルヘッド~!」


 機外から呼びかけてくる声に、シルビアは気付く。ずっと呼ばれていたのか、今初めて呼ばれたのかは判然としない。気怠い身体に鞭打って、シルビアはようやく立ち上がる。下を見ると、機首の方向にフォアサイトが立って手を振っていた。海上の風が轟々と甲板を撫で回っていく。


「やったね、シルビア。大金星だ!」

「嬉しくは……ない」


 シルビアはそう応えながら、機体から降りる。フォアサイトはそれに手を貸しながら、小さく首を傾げた。


「そぉ? あたしは少し嬉しいけど」

「だって、勝った気がしない。あんなの――」

「生粋の飛行士アビエイターなんだねぇ、シルビアは」


 苦悩を隠そうともしない同僚に、フォアサイトは苦笑する。そして飛行士の艦内待機所に向かって歩き始める。


「でもよかったよ。死んでくれて」

「え?」


 風の音に阻まれてよく聞こえない。シルビアは半ば駆け足になってフォアサイトの隣に並ぶ。フォアサイトは右斜め上、即ちシルビアの左耳あたりを見て、低い声でぼそりと言った。


「暗黒空域の殺害に失敗した場合は、事故を装ってせよ」

「……!?」


 風の音と周囲を走り回る整備員たちの奏でる喧騒に阻まれはしたが、それでも確かにそう聞こえた。


「それが、あなたの任務か」


 シルビアのその問い掛けを受けて、フォアサイトは荒んだ笑みを見せる。だが、肯定も否定もしなかった。


「でもなぜ、情報部はそんな……」

「さぁねぇ」


 フォアサイトはドアを開け、シルビアを先に中に入れた。そして二人並んで自販機の前に立ち、それぞれに缶コーヒーを購入した。だいたい十人も入れば手狭感のでるこの小さな待機所には、他の飛行士アビエイターはいなかった。生き残った飛行士アビエイターの大半はもう少し奥にある休憩所に集まっているのだろう。シルビアは行儀よく椅子に座り、テーブルの上にコーヒーを置いた。フォアサイトはそのテーブルにお尻を乗せ、肩越しに見下ろすようにシルビアを見ている。


「多分だけど。死ぬのは、でもでも、どっちでもよかったんだよ、情報部としてはさ。うーん、中参司二課としてもかな?」

「そんな――」

「アジテーションって奴の為じゃない?」


 フォアサイトはコーヒーを一口飲んだ。


「アジテーション……?」

「そ。国民世論を煽りたてるための一種の燃料だね」

「そんなことのために――」


 人の命をどうこうしようというのか。


 シルビアはアーシュオンの背後にある闇を心底呪う。シルビア自身がよく知っている闇なんて、まだ薄墨みたいなものだということだ。


「ま、結果としてはよかったじゃない。最悪は免れたよ」

「……まぁ、な」


 シルビアは残ったコーヒーを一気に飲み干した。


「シルビア」

「……?」

「もしあたしが、あんたくらい純粋でいられたらと思うよ」

「……そう、か」


 シルビアは缶をゴミ箱に捨てると、足を引きずるようにして部屋から出て行った。


「ありゃぁ、相当に不安定だなぁ」


 クリスティアンが部屋の片隅にいた。いつからいたのかは、フォアサイトにすらわからない。忍者みたいな奴だとフォアサイトは思っている。


「なぁ、預言者様よ」

「なに?」


 残ったコーヒーをちびりちびりと飲みながら、フォアサイトは近付いてくるクリスティアンを見た。


「未来って何だと思うよ、おめー的に」

「可能性の集合体」


 フォアサイトは即答した。クリスティアンは目を細める。


「そのこころは?」

「変えられる可能性は常にあるってこと」


 溜息交じりのフォアサイトの言葉に、クリスティアンは大袈裟に肩を竦めた。


「幸福と不幸が入れ替わっちまっても?」

「幸せかそうじゃないかなんて、どっちみちその人にしかわかりゃしないよ」

「俺たちの後味の問題さ」


 クリスティアンはフォアサイトからコーヒーの缶を奪い取り、残り分を一気に飲んでしまった。ジト目でクリスティアンを睨み、フォアサイトは首を振った。


「全く自分勝手だね」

「悪いか?」


 その反問に、フォアサイトはしばらく考え込む。


「いや」


 もう一度言う。


「いや、そうでもない」

「だろ?」


 クリスティアンはゴミ箱に向かって缶を放った。それはゴミ箱の蓋に跳ね返されて、クリスティアンの足元まで転がって戻ってくる。


「ちぇ」


 観念したように拾い上げ、今度はきちんとゴミ箱の所まで歩いて行って、それを捨てた。


「ま、そう言うことなら、その可能性とやらに必死でしがみついてる連中を笑う資格は、俺たちにゃ無ぇよな」

「それも……そっか」


 フォアサイトは天井を見上げながら同意した。


「そういうこった。ま、行こうぜ、預言者様」


 隣に移動してきたクリスティアンがさりげなくフォアサイトの腰に手を触れようとしたその瞬間、フォアサイトはさらりと身をかわした。


「気安く触らないでくれる?」

「隙だらけなんだよ、おまいもシルビアもよ」


 クリスティアンは右手をひらひら振りながら、颯爽と部屋から出て行った。フォアサイトは缶コーヒーをもう一本購入しながら、独り、呟いた。


「ったく、因果なもんだねぇ」


 そしてゆるゆると首を振った。

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