#08-白皙の猟犬

#08-1:背中に立つのは味方か敵か

クレタ攻略戦・ブリーフィング

 AX-799の出現により、三個もの正規艦隊を失ったアーシュオンは、それから約九か月の間沈黙した。まさかの大惨敗を喫した事実を取り繕うための情報統制に、国家のリソースをほぼ奪われてしまったからだ。全海軍戦力の十五パーセント強を一度の戦闘で喪失したという事実は、アーシュオン首脳陣にもそれなり以上の衝撃を与えていた。


 その結果、アーシュオンが国威発揚のためにと目を付けたのが、ヤーグベルテの守護神、シベリウス大佐の殺害である。イスランシオ大佐を戦場にて殺害せしめた時は、国民は大いに沸き立ち、戦意は向上した。そしてシベリウスさえ葬りされば、もはやヤーグベルテの空を守れる者はいなくなる――そういう戦術的な狙いもそこには含まれていた。


「――それで、クレテ島嶼群をそのための戦場に選んだというわけだ」


 ヴァルターがスクリーンに表示されている地図をマークしながら、いったん言葉を切った。そして広くもないブリーフィングルームにめいめいに座っている隊員十一名の顔を見回す。


「もっとも、この島嶼群は我が軍がかつて十年間に渡って攻め続けたものの、一度とて陥落させられていない難攻不落の要塞だ。ヤーグベルテの生命線でもある豊富な地下資源。これを守るために厳重な警戒態勢が敷かれているからだ」

「へぃ、隊長。そこんとこはわかってるんで、サクッと行ってくれ」

「黙って聞いておけ、クリス」


 ヴァルターは副隊長に向けて苛々と言い、再びスクリーンの方に視線を戻した。


「今でも概ね半年に一度のペースで小競り合いを繰り広げてはいるが、これは国家間の紛争地域であることを国際的にアピールするための芝居だ、言ってしまえば」

「知ってまーす」


 クリスティアンが欠伸をしながら言う。ヴァルターは再び副隊長を睨み付けたが、クリスティアンはひょいと立ち上がって前に出てきた。


「それがですよ奥さん。我がアーシュオン首脳部は、あのヤーグベルテの新兵器登場に肝を冷やされやがりまして、とっととヤーグベルテの攻撃能力を封じなけりゃ、こいつぁヤヴェエって言うことに思い至った次第でございますな」

「クリス、席に戻れ」

「へいへい」


 クリスティアンは満足したのか、揚々とした足取りで自席に戻り、前の席に足を投げ出すような形で行儀悪く座った。ヴァルターは眉間に縦皺を寄せながらひとしきり唸り、だがもはや小言すら浮かんでこないようだった。


 その時、クリスティアンの隣に座っていたフォアサイトが大きな蒼い目をキラキラさせながら手を挙げた。


「たいちょー! 質問いいですかー!」

「……言ってみろ」

「はい! ええと、確かにあの巨大な空中戦艦……ええと、なんだったっけ?」

「テラブレイカーだ、AX-799」

「そうそう、たいちょーさすがですね、冴えてる! すごい!」

「……で、それがどうした」

「ああ、すみません! えーと、その何とかっていう空中戦艦にはすごくびっくりしましたけどね、でも歯が立たなかったですよね、ナイトゴーントには。全然。ちっとも。これっぽっちも」


 フォアサイトがそこまで言い切った所で、クリスティアンが「ばーか」と口を挟んだ。


「あんな気まぐれ兵器を戦力にカウントされたらたまらんて。出てくりゃ確かに手に負えねぇバケモンにゃ違いねーけど、出てくるかどうかは、ナイアーラトテップの気分次第だ。組織立った運用の出来ねー兵器なんて、ジョーカーみてーなもんだ。ンなもん当てにしてポーカーなんてやってらんねーだろ」

「ポーカーやったことないし」


 途端に無駄話に花を咲かせようとした二人を咳払いで止めたのはヴァルターだ。スクリーンには例のISMTインスマウスの姿が映し出されている。


「まさか、隊長……」


 声を上げたのはシルビアだった。


「こんなものを投入したら資源どころじゃなくなります」

「それはそうなんだが――」

「何のための制圧作戦なのかわからない。は確かに脅威です。ですが、彼一人のために莫大な資源を消滅させてしまうというのは」

「シルビア、これは決定事項だ。中参司二課グスマン准将発の作戦だ」


 参謀に向かって飛行士アビエイターがグダグダ言ったところで、決定事項が覆るはずもない。それが仮にトップエースからの言葉だとしてもだ。


 それを聞いて、クリスティアンが頭の後ろで手を組んだ。


「あーヤダヤダ、かよォ。こりゃ本気でる気ってこったなぁ。何を犠牲にしても、あのをよ」

「……そういうことだ、クリス。あと半日で敵方の警戒範囲に入ることだし」


 ヴァルターは難しい表情で答えた。


「今回はクリスの第二飛行隊が先陣を切る。俺の第一飛行隊はエウロスが出てきたところを叩く。そういう作戦指示が出ている」

「第二飛行隊りょーかいッス。エウロス来たらケツまくって逃げてオーケーってこったよな?」

「艦隊防空に回れということだ、クリス」


 溜息交じりに律儀に答えるヴァルターと、「へぇへぇ」と頷いているクリスティアン。ヴァルターは剣呑な目でクリスティアンを睨み、クリスティアンは天井を向いて口笛を吹く真似ごとをして見せた。


「ごほん。まぁ、それで俺はあのと一騎打ちに持ち込む。シルビアたちにはそこに持ち込むまでの舞台設定を頼む」

「……了解です」


 シルビアは返答しながら立ち上がった。ブリーフィングは終わったと考えたのだろう。そして美しく輝くやや色の抜けた黒髪を後ろに撫でつけながら、「そして」とヴァルターに詰め寄りつつ尋ねた。


「最終的に投入されるISMTインスマウスによる島嶼施設への被害については、ヤーグベルテによる焦土作戦の結果であると発表を行う――そういう理解でよろしいですか」

「……肯定だ」


 ヴァルターは頷いて、一時解散を宣言した。その途端、クリスティアンを除き、全員がさっさと部屋から出て行った。


「で、ヴァリー君よ」


 誰もいなくなったのを見計らって、クリスティアンが眠そうな目をしながら呼びかけた。


「エウロスとガチ勝負ってなると、俺たちだってタダじゃ済まされねぇぞ。あちらさんは五十機以上動員してくる可能性がある。こっちは俺らマーナガルムに頼りっきり。アウズとナグルファリの連中も動員されてれば話は別だが、いやしねぇ。他の飛行隊じゃ邪魔なだけだ。どうすんだ?」

「……クリス、何を言いたい」

「だからよ」


 クリスティアンは肩を竦めた。


「作戦が無茶過ぎるってことよ」

「つまり?」


 ヴァルターはクリスティアンの二つ前の席の机に腰掛けた。


「俺らの目的はの殲滅、だろ? だけどよ、俺らを二個飛行隊に分けてぶつけるってことは、正味、六対五十。雑魚相手ならこの戦力差でもおつりがくるが、エウロスだったら控えめに考えても同数でやっとこ互角だ。つまり――」

「刺し違え前提、だと?」


 ヴァルターの瞳が物騒に輝く。クリスティアンはそれを飄々とした表情で受け流す。そしてゆっくりと気だるげに立ち上がった。


「今思い出したんだが。テラブレイカーが出てくる前の前座。あの戦いは違和感ありまくりだっただろう? ロイガーがあんな組織立って動けるはずねぇからな。まるで優秀な指揮官にでも率いられてるみてぇだった。見てただろ?」

「……ああ」


 空を一瞬で制圧した三機のロイガーT85。空戦自体が圧倒的なのはいつものことだったが、それにしても制圧が異常に早かった。従来型の行き当たりばったりの戦闘とは違う何かがあった。


「だがそれは、T85が特殊なシステムでも組んでいたから、じゃないのか?」

「冗談言うなよ」


 クリスティアンが鼻で笑う。


「戦闘機のシステム周りに関するプロだぜ、俺。その俺が全く想像もつかないプログラムなんか、この国に存在するはずねぇだろ。あの戦闘連携は未だコンピュータなんかじゃできっこねぇ。できるんだとしたら、軍人なんざとっくにお役御免になってら」

「……ということは?」

「指揮官がいたってことよ。それもあの戦場に」

「だが、あそこで使われた航空戦力は三機だけだったって。映像でも見ただろう?」


 ヴァルターはクリスティアンの言葉にも一理あると思い始めていた。だが、肝心の記憶がそれを否定する。


「ま、違和感があったならそれで結構。俺にも確証はねぇし。だがよ、なんか最近いろいろおかしい。気ィつけろよ、ヴァリー」


 クリスティアンはそう言い残し、口笛を吹きながら颯爽と部屋から出て行った。


 クリスティアンが出て行ってからものの数秒後、仏頂面のシルビアが入室してきた。そして後ろ手にドアロックのボタンを押し、部屋を密室状態にした。


 そしてそのままヴァルターをじっと見つめて沈黙する。ヴァルターはその意図がわからず、居心地の悪い沈黙を三十秒程度は耐えただろうか。さすがにたまらずヴァルターは立ち上がりかけた。その瞬間、シルビアは口を開いた。


「エウロス相手に六機で当たれという中参司二課の指示には納得できません、私は」


 低い声で、しかしハッキリと発されたその言葉に、ヴァルターは複雑な表情を浮かべた。


「私たちは噛ませ犬にされている。エウロスをおびきだすためのエサ代わりに使われようとしている」


 そんなことはヴァルターにも理解できている。だが、軍人である以上、中央参謀司令部の命令に逆らうことが許されるはずもない。ましてヴァルターはである。種々特権の上で生きているヤーグベルテ系は、ここぞという時にアーシュオンへの忠誠を試され、その試験に通らなければ真っ先に収容所へと送られる。そこから五体満足で出てこられた人間など、数えられるほどしかいないだろう。


「隊長、私は――」

「誤解するな。シルビア」


 ヴァルターはシルビアと三メートル弱の距離を隔てて向かい合う。


「君が情報部の関係者だからこう言っているわけじゃない。俺は俺の仕事として、任務を全うすると言っている。それに、俺たちマーナガルムは、全員が生え抜きの飛行士アビエイター。それは事実だ」

「しかし――!」

「言うな、シルビア。あとは信じるしかないだろ?」


 ヴァルターのその言葉に、シルビアは今にも泣きそうな、悲痛な表情を見せた。


「隊長。今回の任務で、私は隊長の二番機として指名されています。良い、のですか?」

「質問の意味が分からない」


 ヴァルターは冷たく突っぱねた。もちろん、意味が分からないわけではない。だが、シルビアは引かなかった。


「私は、信じて頂けているのですか」

「信じない理由があるのか?」


 二番機はマーナガルム隊に於いては極めて重要なポジションだ。十二機編成の場合はクリスティアンが常に二番機を務めていることからわかる通り、部隊全体の論理戦闘をカバーし、支援する立ち位置にある。二番機が十分に働けなければ、戦わずして撤退せざるを得ない状況に追い込まれてしまうことも間々ある。また、一番機に何かあった場合、部隊の戦闘指揮を引き継ぐという立場でもある。ともすれば一番機よりもこなす仕事が多いのだ。


「隊長、私は、情報部の――」

「だから何だ。君は一度も俺の期待を裏切ったことはない。これからも裏切らない。俺はそう信じている」


 ヴァルターはシルビアの右肩に右手を置いた。


だ。君は俺の大事な仲間だろう?」

「仲間――」


 シルビアは唇を噛んだ。そして俯く。その拍子に前髪が表情を隠してしまう。


を信じられなくて、何が隊長だ」


 ヴァルターは敢えて「仲間」を強調した。それがシルビアにとって、少なからぬ痛みとなることを承知の上で。それはヴァルター自身の中に生じつつあった少なからぬ迷いを断ち切るための言葉でもあった。


「俺が生きるか死ぬか。それは君に大きく依存する。命は君に預ける。頼むぞ」

「死なせません!」


 再び肩を叩いたヴァルターの右手に自分の左手を重ね、シルビアは語気強く言った。


「絶対に、死なせませんから」


 首を振ってそう言うシルビアの几帳面に切りそろえられた髪から、女性らしい柔らかな香りが漂ってきた。ヴァルターは無意識のうちにそれを感じ取り、少しだけ表情を緩める。


「大丈夫だ。俺は死なない」


 帰らなきゃならんところもある。


 ヴァルターはシルビアの肩から手を離し、部屋のロックを解除しようとする。が、その手は、「もう少し」とシルビアに止められる。


「私は、隊長に信じられていたい。信じてもらえる実績を作りたい」


 そしてシルビアは自分でロックを解除し、扉を開ける。ヴァルターはやや慌ててその後を追いかける。シルビアは廊下を歩きながら、胸のポケットからタバコの箱を取り出したところだった。


「吸わないでいられるなんて、隊長は強いですね」


 シルビアが硬い声でそう言い、ヴァルターは足を止めた。その間にもシルビアははるか遠くに離れた場所にある喫煙所へと、靴音高く去っていってしまう。


「……強いものか」


 呟いたその言葉は、妙に寒々しく、無味乾燥とした廊下の中を跳ねまわったのだった。

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