諦観の艦隊戦

 ヴェーラとレベッカが第六課作戦司令室に到着したのは、午前八時半だった。


「見ての通り」


 入口のドアの所に二人の姿を視認すると、エディットは立ち上がった。


「戦況はひどいものだ」


 今朝の第一撃の後、ヤーグベルテ本土に対し、同時多発的な空爆や艦砲射撃が行われた。ほとんど特攻のようなそれらのアクションに対し、ヤーグベルテは対応が大いに遅れ、結局みすみすほとんどのアーシュオン攻撃隊を取り逃がしてしまう。指揮権の移譲を巡って、参謀部第一課と第三課がやり合っている時間を狙ったのではないかという程に見事なタイミングだった。


 ハーディが立ち上がり、メインモニタを睨む。


「第三艦隊、敵艦隊と会敵しました。第二艦隊も一時間以内に合流します」


 エディットは目を細めてメインモニタを見る。今の所、ナイアーラトテップは確認されていないようだ。エディットの険しい表情を横目に、レベッカはおずおずと確認する。


「ナイアーラトテップ、ですか?」

「うむ、クラゲだ」


 エディットは肯いた。ヤーグベルテでは、誰もがあれを「クラゲ」としか呼ばない。


「……いると思います」

「いるね」


 レベッカの言葉をヴェーラが補強する。エディットは腕を組んで階下、第二層と第三層に視線を巡らせる。


「……なぜ、いるとわかる?」

「聞こえる」


 ヴェーラが短く答えた。「え?」と振り返ったエディットの目を直視して、ヴェーラは一つだけ単語を補った。


が聞こえる」

「歌?」


 エディットは真っ先に「セイレネス」を連想した。だが、そんなはずは――。


 レベッカがメインモニタを走り抜けていく情報を目で追いかけつつ、この二時間以上どうしても気になっていた事を訊いた。


「あの、もしも私たちの感覚が正しければ、なんですけど。六時五分から十分ごろ、何かありませんでしたか」

「六時五分? ハーディ、ISMTの落着時刻は?」

「ISMT……」


 ヴェーラとレベッカの声が重なった。幾度となく落とされたアーシュオンの大量殺戮兵器だということは、思い出すまでもない。


「ISMT落着は、六時六分です」

「やっぱり」


 レベッカはヴェーラと顔を見合わせる。レベッカは身振りを交えながら懸命に説明した。


「今聞こえているものとは違う、歌のようなものが聞こえたんです。でも、その時間を境にぴたりと聞こえなくなって。ただ、消える前にすごい音圧になって」

「それは、セイレネスにも関連するのか?」

「わかりません」


 レベッカは答える。エディットは顎に手をあてて、そして右頬の火傷の痕に軽く触れた。


「歌というのは確かなのか」

「歌というよりは音なんですが、それでも人の声のような……」

「セイレネスだよ」


 ヴェーラがボソッと断定した。


「おんなじ。あれはセイレネスだ。あっちの国でどう呼ばれてるかは知らないけど」

「……根拠は?」

「感じるから。はわたしたちとおんなじだ」


 ヴェーラはメインモニタを見た。そしてスッと右手を上げる。


 その瞬間――第三艦隊の旗艦から送られてきていた映像が途絶えた。


「何が起きた!」

「ナイアーラトテップ」


 ヴェーラがボソッと言う。レベッカは左手でヴェーラの右手を握りしめながら、小さく肯く。ハーディがエディットの方を振り返りつつ、淡々と報告する。


「クラゲが出現しました」

「……ヴェーラ、どうしてわかった?」

が教えてくれた」

「あの子?」

「ナイアーラトテップの


 ヴェーラは次々と艦船を食らっていくクラゲ状の潜水艦を指差しながら言った。今現在、メインモニタに映っているのは艦隊所属の駆逐艦からのものだ。他にも複数の艦船からの情報が、画面の隅の方に代わる代わる表示されている。


「クラゲは無人機という報告だが」

を人として数えてないだけ、じゃないかな」


 ヴェーラは冷たい表情で告げた。その声には、静かな怒りのような感情が垣間見えた。その澄んだ空色の瞳で見つめられたエディットは、そのあまりの静謐さに思わず息を飲む。


「大佐、クラゲの艦載機が出ました」


 無遠慮に差し込まれるハーディの報告によって、エディットはようやくその心理的拘束から脱することができた。


「三機?」


 エディットは映像を睨みながら口に出す。ハーディは肯定しかけて「いや」と首を振った。


「四機目……あ、あれは!?」


 珍しくハーディの声に動揺があった。階下でもざわざわと声が上がり始める。


「あれってイスランシオ大佐の――」

「インターセプタ!?」


 まちがいない。最初の三機は幾度となくヤーグベルテの空軍を翻弄してきたロイガー、或いはその上位機種に間違いないが、最後に出てきた一機は、どこからどう見ても、F108+ISパエトーンプラス・インターセプタ・シュライバーに他ならなかった。


「そんな……バカな」


 エディットは擦れた声で呻いた。その時、レーマン大尉がエスカレータを駆け上がってくる。


「イスランシオ大佐機との機体の照合を行いましたが、九十九パーセント以上の確率で同一機体です」

「アーシュオンの模造品というわけではない、ということか!?」


 現実主義者であるエディットは混乱していた。イスランシオの戦死についてはこの目で確認している。シベリウスもまたそれを目撃していた。だから、絶対に間違いはない。そしてなにより、あの機体インターセプタは、あの時に粉微塵に爆発四散したではないか。


 一体全体、どういうことなんだ?


 そうこうしているうちに、第三艦隊の航空戦力が全滅する。たった四機の戦闘機によって、空に上がることができた六十機あまりの戦闘機や攻撃機たちは、ひたすらに翻弄され焼き尽くされてしまった。第二艦隊からやってきた航空戦力は百二十機を超えていたが、それらも瞬く間に損耗させられていった。


「強すぎる……」


 メインモニタを睨みながら、レーマンは呻く。エディットは腕を組んで奥歯を噛み締めた。


「これでは四風飛行隊を送った所でさして変わらんな」


 エディットの呻きに、誰も肯定も否定もできなかった。もしエディットが指揮を執っているのならば、とっくに撤退を選択していただろう。だが、第一課は未だ指揮権を手放さず、第二艦隊と第三艦隊はほとんど潰滅状態に陥っている。


 そこにきて、メインモニタ上のレーダーに新たな反応が現れた。ハーディがデスク上のディスプレイから視線を上げ、淡々と状況を説明する。


「敵、二個艦隊が現れました。半包囲されています」

「第一課め、何をしている。早く指揮権を渡せ」


 エディットは苛立ちを隠さずに、その機械の眼球でメインモニタを睨み上げている。レーマンが第二層に戻りながら、「イスランシオ大佐について、他課の持っている情報を検索しろ!」などと怒鳴っている。


「……?」


 ヴェーラが耳に手を当てて、首を傾げた。


「どうしたの?」

「これ、増えた?」


 それは抽象的な問い掛けだったが、レベッカはすぐにその意味を悟った。


「さっきのと合わせて、三……いや、四……?」

「うん、一つと、三つ。一つはナイアーラトテップで間違いない。じゃぁ、三つは……」


 ヴェーラとレベッカが顔を見合わせる。そしてレベッカがエディットの左腕を引っ張った。


「どうしたんだ」

「あれには誰も――」


 その時、エディットのデスクに置かれていた携帯端末が緊急着信を報せてくる。


「第六課、ルフェーブルです」

『指揮権の移譲先は第三課に決定した』


 参謀本部副部長からの連絡だった。


「第三課!? この期に及んで」

『予定通り、ということらしいな。さすがにこの状況では、早急に六課にすべきだと進言したのだが。ありゃあもう、まるで既定路線だったよ』

「となると、テラブレイカーが……」

『第七艦隊も動いている。核ミサイルを敵艦隊に向けて発射する』

「核を使うのですか!?」


 思わず声を荒げるエディット。


『大統領命令なんだよなぁ』

「悠長なことを! それにあの辺り一帯を蒸発させるおつもりですか! 味方の艦隊はどうするのです!」


 いつぞやのアーシュオンと同じことをするつもりか!


 そう怒鳴りつけてやりたいと、エディットは強く思う。が、立場がそれを許してはくれない。


 ハーディは椅子に座ったままメインモニタを眺め、淡々と報告を上げてくる。


「大佐、第二艦隊、第三艦隊が退却を始めました。敵三個艦隊は包囲網を縮小中」


 最初からデコイに……!?


 敵艦隊が密集したところで核を落とす。いや、しかし、それはあまりにも杜撰ずさんな作戦ではないか。敵がそう簡単に引っかかって来るとは思えない。そもそもイージス艦を多数配備している敵艦隊相手に、百発そこそこの巡航ミサイルが易々と炸裂するとも思えない。


『まぁ、アダムス中佐もよくも考えたものだと思うが。今回のこれは、AX-799テラブレイカーの実戦試験の舞台としてうってつけだったということだよ』

「しかし……!」

『莫大な資金を費やしているにも関わらず未だ成果の一つも挙げられていない歌姫計画セイレネスシーケンスに比べれば、ずいぶんと税金に優しく感じるものだよ、T計画は。万が一、試作機が撃墜されることになったとしても、だ』


 そのやんわりとした言葉に、エディットは唇をきつく噛み締める。本件、責任は、歌姫計画セイレネスシーケンスの運用管理責任者たるエディットにある――副部長はそう言ったのだ。


『それではな。まぁ、気を落とすな、ルフェーブル大佐。歌姫たちもいずれは大きな戦果を挙げることだろう』


 副部長はそう言い放ち、一方的に通話を終えた。エディットは机の上に携帯端末を乱暴に放り投げ、レベッカとヴェーラの前を苛々と往復した。


 その時、またヴェーラが耳に手を当てて眉根を寄せる。


「あれ?」

「消えた!」


 メインモニタを見ていたレベッカが思わずモニタを指差して声を発した。


「消えた?」


 エディットとハーディが顔を見合わせる。確かに、敵機の痕跡は画面のどこにも見当たらない。


「いま、ぱっと光って、そしたら消えて」

「テレポーテーションじゃあるまいし」


 エディットはメインモニタを凝視して、どこかに機体が映っていないかを探し回る。だが、どこのカメラからの映像にも、空を飛ぶ影は一つも見当たらなかった。


 士官学校襲撃事件の時も、襲撃者は見つからなかった。


 私たちはいったい、何と戦っているんだ――?


 エディットは厳しい表情でメインモニタを睨んだ。第七艦隊から放たれた弾道ミサイル群を検知した敵艦隊が、夥しい数の迎撃ミサイルを撃ち上げている所だった。

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