#07-インターセプタ

#07-1:配属

センセーション

 二〇八五年十一月――。


 ボレアス飛行隊隊長、エイドゥル・イスランシオが戦死してから早一年が経過した。その間、平穏だったわけでは、無論、ない。


 敵の新型無人戦闘機の出現、ISMTによる散発的攻撃の発生、巨大クラゲによる海軍の継続的被害……そしてそれらに対し、全く為す術がないこと。何らの反撃もできぬまま、陸海空軍はひたすらに転進たいきゃくを続け、ヤーグベルテはもはや連合国家としての体裁を保つ事すら難しい局面を迎えていた。危急存亡の危機――事ここに至っては、事態はそう呼ぶに相応しく、もはや自壊すら始めているようにさえ見受けられた。


 政府は軍の増強をいち早く決め、大統領令を乱発して残存部隊を再編制した。そして、四風飛行隊に若い二人のパイロットを編入することを大々的に発表する。


 一人は、ユーメラの士官学校空襲の際に、F102イクシオンで果敢に立ち向かったカルロス・パウエル少年。彼は上級高等部に籍を移していたが、教程を修了することなく、四風飛行隊のトップエース集団、エウロス飛行隊に入隊することとなった。


 もう一人は、統合首都校の襲撃事件の際に、やはりF102イクシオンで襲撃者に対して一矢報いた、カティ・メラルティンだった。カティはすでに四風飛行隊候補隊として軍属の地位にあったが、晴れてエウロス飛行隊に迎え入れられたという体裁だった。


 カルロスはかつてのエースパイロットであるエリソン・パウエル中佐の弟であるということが、大いに話題を呼んだ。また、史上最年少でのエウロス飛行隊への配属に、ニュースサイトではページビューの新記録を樹立すらした。実際に初めて乗った戦闘機で見事な空戦技術を披露していたこともあり、早くも「次代のトップエースか」、という見出しで煽られることが多かった。だがカルロスは、表向きはエウロス飛行隊に配属されたことになっていたが、実際には四風飛行隊候補隊での訓練参加を無期限で命じられていた。


 カティの方はアイギス村の襲撃事件の生き残りであるというネタがセンセーショナルに報道され、士官学校襲撃事件と合わせて、「二度の地獄を生き残った」などとしてはやし立てられた。無論、カティ本人は、そのような取り上げられ方を不本意だと感じていた。カティの方はカルロスとは違い、正式にエウロス飛行隊への配属となり、「暗黒空域」カレヴィ・シベリウス大佐の直卒として実戦機会を幾度となく与えられた。


 シベリウスは最初から、カティの能力をにしていた。ナルキッソス隊隊長エリオット中佐やジギタリス隊隊長マクラレン中佐を差し置いて、若輩者に過ぎないカティを後継者にしようとしているようにも思えるほど、シベリウスのは苛烈だった。出世のライバルであるはずのエリオット中佐やマクラレン中佐からも、そのを心配されるほどである。


 カティは携帯端末を片手に、エウロス総司令部の廊下をふらふらと歩いていた。シベリウスとのを終え、精も根も尽き果てたといった様子だった。とにかく熱いコーヒーが飲みたい――カティはその一心で、ロビーにある自動販売機に向かっていた。その様子は、さながらゾンビである。


「よ、新米。十一回目の生還、おめでとう」


 ロビーのソファで部下の女性と何やら談笑していた金髪の青年将校が、立ち上がって声を掛けてきた。


「あ、ありがとうございます、エリオット中佐」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、カティは敬礼する。青年――エリオットはその整った顔に人好きのよさそうな笑みを浮かべながら、右手をひらひらと振った。彼は形式的なものに価値を見出さないタイプの人間だった。彼を一言で表現すると、軽薄そうな優男であり、実際の所それにかなり近い。美人と見るや声を掛けて、なんだかんだと篭絡させてしまうその口八丁手八丁は、もはや四風飛行隊の中では常識的な知識だった。だが、そんな彼も空の上では戦闘機の達人だ。名実ともにエウロス飛行隊ナンバー2の実力の持ち主である。ちなみにその優雅とも言える美貌は国民的にも人気であり、バラエティ番組にも度々出演していたし、写真集すら出版されているほどだった。


「今日の出撃、撃墜二機だな。これで八機目だっけ?」

「よ、よくご存じですね」

「今日は司令室で司令官代行してたからなー」


 エリオットはカティの肩を抱えるようにして、ソファの方へと連れて行く。そこには女性の大尉が先客として座っていたが、エリオットは構わずカティをその隣に座らせた。


「暗黒空域の反省会、なかなかキツイだろ」


 エリオットは立ったまま、ニヤニヤしながらそう尋ねてくる。その青紫にも見える不思議な色合いの瞳は、まるで少年のように輝いていた。


「俺も五年前には散々しごかれたもんだぜ。ま、おかげで今まで生き残っている」

「そうなんですか」

「ああ。とんだブラック企業だ」


 エリオットは冗談めかして言い、ニヤっと右の口角を上げた。


「でもまぁ、お前さんは耐えるだろう。そういう目をしてら」

「そ、そうでしょうか」

「数多くの落伍者を見てきた俺様が言ってんだ。間違いねぇよ」


 エリオットは上半身をかがめて、カティに顔を近付けた。ほんのりとしたシトラス系の香りがカティの鼻腔に届いた。それはカティにとっては不快な香りではなかった。


「でもお前さんも難儀だよな。こんな大変な時代に拾われるとはさ」

「こんな時代でなければ拾われもしなかったと思います」

「ん、言うねぇ」


 笑いながらエリオットはふと腕時計を見た。カティはつられて壁の時計に視線を送った。時刻は午後八時五十分。当然ながら窓の外はすっかり暗い。


「さて、俺らはちょっとシケ込むからさ。あ、隊長には秘密でな」


 エリオットは片目を閉じつつそう言って、カティの隣に座っていた大尉を立たせた。大尉もカティに「秘密よ」とか言いながら、エリオットの左腕に自分の右腕を絡めた。カティは見てはいけないものを見てしまったという気恥ずかしさが出てしまい、視線をエリオットの靴先あたりに移動させた。


「お前さんもちょっとは楽しんどいたほうがいいぜ。いつ死ぬかわかりゃしねーんだしさ」

「は、はぁ……」


 カティにだって、エリオットが何を想像しているのかくらいわかる。わかったから、その白いの肌がほんのり染まる。


「明日もがんばろーぜ、カティ。じゃーな、おやすみ」

「お疲れさまでした」


 カティは立ち上がって、立ち去っていく二人の将校に対し、几帳面に敬礼した。エリオットは大尉の腰に手を回しつつ、振り返りもせずに右手を上げ、そのまま総司令部から出て行った。


 二人の姿が自動ドアの向こうに消えたそのタイミングで、カティが左手に握り締め続けていた携帯端末が振動した。

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