#04-アンプリファイア

#04-1:対セイレネス能力

アイスキュロス重工

 約半月後――二〇八四年六月になったばかりの頃。


 ヴァルターとクリスティアンは、要塞都市ジェスターの中央司令部に召喚されていた。そこで待ち受けていたのは、アイスキュロス重工の技術本部長を名乗る少女、アーマイア・ローゼンストックだった。召喚命令を受けた直後にクリスティアンが調べたところによれば、アーマイアは未だ十代半ばであった。しかし、どこを探してもそれ以上の情報は見当たらず、その経歴も実績も謎のままだった。


「ご足労をおかけしました」


 そう言って頭を下げたアーマイアは、これでもかと言わんばかりに天井灯の明かりを反射する漆黒の髪と同色の瞳を有した、まるで精巧な人形のような理想的な顔立ちの少女だった。


 ヴァルターとクリスティアンはその部屋に入った姿勢のまま固まった。その部屋は海洋格納庫の監督デッキであり、普段はメンテナンス中の艦船の姿を見下ろすことができる。だが今は部屋の窓のブラインドが全て下ろされており、外の様子は見ることができない。だが、二人が硬直したのはそのせいではない。アーマイアの纏っている空気があまりにも異質で、寒気にも似た何かを感じたからだ。何がどう異質なのかは、ヴァルターにもクリスティアンにも説明はできない。だが、明らかにが違ったのだ。


「時間通りですね」


 少女は明るい声でそう言った。その声で二人の将校はようやく硬直を解かれる。少女は部屋の一番奥から入口のところまで優雅な歩調で歩いてきて、ヴァルターに向かって右手を差し出した。


「アーマイア・ローゼンストックです。よろしく、大尉さん」

「ヴァルター・フォイエ――」

「アーマイアと呼んでくださいまし」


 ヴァルターの名乗りを聞きもせずに、アーマイアは握手をするとすぐに踵を返した。そしてそれまで自分が座っていた奥の席に戻る。そこには丸テーブルと椅子が四脚置かれていて、ちょっとした応接スペースのようになっていた。ヴァルターたちは顔を見合わせて、アーマイアについていく。


「どうぞ、お座りになってくださいまし」

「はい」


 わけが分からないなりに、ヴァルターはアーマイアの言葉に従った。クリスティアンもその隣に腰を下ろし、剣呑な視線でアーマイアを観測し始める。アーマイアは出入り口の方に視線を遣りながら、テーブルの上に置かれていたアイスティーらしき飲み物を飲んだ。


「そろそろ大佐もいらっしゃいますね」

「大佐?」

「ああ、いらっしゃったようです」


 出入り口についている掌紋認証パネルが赤から緑に変わったのを見て、アーマイアは微笑んだ。その微笑みすら、ヴァルターやクリスティアンには何か得体の知れない深淵を髣髴ほうふつとさせられ、ひどく落ち着かない気分にさせられる。


 部屋に入ってきたのは軍のベレー帽を被った長身の女性将校だった。銀髪に赤みの強い茶色の瞳、そして新雪のようなほとんど純白と言っても良い肌の色が強烈に印象に残る。彼女は身体をほとんど揺らすことなく、滑るようにして近付いてきた。軍靴の鳴らす高い音が、彼女が確かに歩いているのだということを示しているのだが、一体全体どうやったらそんな歩き方ができるのかは、目にしているヴァルターたちにも理解ができなかった。だがともかくも相手はの階級章を付けている。立ち上がらないわけにはいかなかった。


「ヴァルター・フォイエルバッハ大尉、クリスティアン・ハインリヒ・シュミット中尉、だな」

「はっ。ドーソン中将により召喚されました」

「私の要請で諸君らを呼び出してもらった。私はヒトエ・ミツザキ。昨日付で第四艦隊陸上参謀として着任した。見ての通り大佐だ」


 硬質で低めの声は、それだけで迫力があった。歴戦のヴァルターや、何事にも動じないはずのクリスティアンですら圧倒された。だが、アーマイアだけは全く動じる様子もなく、スッと立ち上がってミツザキの所まで進み出て右手を差し出した。


「アーマイア・ローゼンストックです、大佐。

「ミツザキだ」


 ミツザキはその手を不愛想に握り返すと、さっさと着席した。アーマイアはにこりと微笑み、そしてまた自席に戻った。ヴァルター、そしてクリスティアンも着席する。


「なぜお二人にいらしていただいたのかについては、追々ご説明致します」


 アーマイアはそう言うと、椅子の横に置いてあった大きなバッグから、タブレット端末を取り出してテーブルの真ん中に置いた。


「携帯型三次元ディスプレイです。弊社で開発したプロトタイプです」

「ほぅ……」


 ヴァルターは思わずそれをじっと見つめてしまう。その右隣ではミツザキが関心なさそうに腕と足を組んでいた。クリスティアンに至っては頭の後ろで手を組んで天井を見上げている。


「ご存知のように――」


 少女は中腰になって、端末を手慣れた調子で操作しながら口を開く。


「弊社、アイスキュロス重工は、あなたたちには三種の神器とも呼ばれている兵器群を開発致しました。超小型無人戦闘機、大型可変式無人攻撃機、および、制海掃討戦略機動艦です」


 テーブルの上にそれらの兵器群の姿が三次元的に浮かび上がって回転する。もちろん、ヴァルターはそれらが何かを知っている。


「ロイガー、ISMTインスマウス、ナイアーラトテップ……ですね」

「イエス」


 アーマイアは満足げに首肯した。


「いずれも試作機とは言え、多大な戦果を挙げました。カタログスペック以上の働きを見せることができたことに、私は満足しています」

「満足ってよ、特にISMTインスマウス……あれはやりすぎじゃねーの?」


 それまで珍しくも黙っていたクリスティアンが、感情を廃した声で言った。アーマイアは微笑み、ゆっくりとした口調でそれに応えた。


「使い方は軍にお任せしていますから」

「俺らは関係ねーよ」

「シュミット中尉、発言には気を付けろ」


 ミツザキがその赤茶の瞳でクリスティアンを睨み据えた。たちまち二人の間でチリチリするほどの無言の衝突が発生する。ヴァルターは居心地悪そうに座り直す。


 アーマイアもミツザキ大佐も、ただもんじゃないぞ――。


 ヴァルターは急速に喉が渇き始めたのを自覚するが、まさかアーマイアに「その紅茶をくれ」と言うわけにもいかない。アーマイアはまた人形のような微笑を浮かべ、アイスティーを口にした。


「三種の兵器はいずれも無人制御だと、アイスキュロス重工は軍にお伝えしています。ですよね、ミツザキ大佐」

「肯定だ。ロイガーおよびその後継機ナイトゴーントは完全無人制御、ISMTインスマウスは移動のみ遠隔コントロール、ナイアーラトテップもまた同様だということにはなっているな」

「大佐は実態についてはご存知ですか」

「ああ、知っている」


 当然であるかのように肯き、ミツザキはおもむろに立ち上がる。アーマイアはその動きを視線で追いかけ、また微笑する。


「さすがですね。さて――」


 アーマイアは三次元ディスプレイの映像を切り替えた。そこに映っているのは、制海掃討戦略機動艦ナイアーラトテップの戦闘状況の映像だ。広葉樹の葉のような上部構造の下に、十数本の触手状の何かが鞭のようにしなっている。単純にそれだけの構造体だったが、その上部構造は真上から見るとまるで能面のようにも見えなくもない。それは従来の兵器の、艦船の概念を塗り替える、どこか怖気のするフォルムだった。ヴァルターの持つ語彙では「不気味」としか言いようがない。


「この、あなたがたにはと呼ばれているこの兵器についてだけ、少し補足する必要があります」


 アーマイアはミツザキの方を見た。ミツザキは冷淡な瞳でそれを受け流すと、顎をしゃくるようにして先を促した。アーマイアは薄い、カミソリのような笑みを形作り、そしてタブレット端末を片付けた。


「ナイアーラトテップは、ジークフリートの派生モジュールによる自律思考型の兵器です。理解できないと思いますので詳細は省きますが、要はコアになる意識を中心に、状況を解析し、随時変更される小目的と最終目的の距離感を把握しつつ……つまり、勝手に判断し、勝手に戦う。そういうシステムをベースとしています」

「自律戦闘機動とは違うのでしょうか」


 ヴァルターは言葉を探しながら尋ねる。アーマイアは曖昧な表情を見せつつ首を傾げた。


「人間のの意志が反映されている点が、ロイガーやナイトゴーントとは異なっています」

「人間のようなものォ?」


 クリスティアンが左の眉を跳ね上げた。アーマイアはクリスティアンを一瞥し、残りのアイスティーを飲み干した。


「そう、システムとも違う。人間とも言いがたい。を機体制御のコアユニットとして使っています」

「よくわかんねぇ」


 クリスティアンはテーブルに組んだ両手を置いた。アーマイアはことさらに冷たい表情を浮かべる。


「進んだ技術は魔法のように見えますから」

「へぇへぇ」


 クリスティアンはまた椅子の背もたれに身体を戻す。ヴァルターは溜息を隠しつつ、またアーマイアを見た。


「自分たちは飛行士アビエイターに過ぎません。なぜ、艦船の制御システムについての講釈を我々に?」


 ヴァルターの端的な問いに、アーマイアとミツザキが視線を交錯させる。そしてアーマイアはゆっくりと立ち上がり、窓ガラスの方へと歩み寄った。


として遭遇する可能性があるからです」

「敵? ナイアーラトテップのようなものがヤーグベルテでも?」

ISMTインスマウス、ロイガー、ナイトゴーント、そしてナイアーラトテップ。これらが現状の兵器相手に無敵であるのには理由があります」

「どういう?」


 ヴァルターは思わず身を乗り出した。が、そこにミツザキの冷たい横槍が入る。


「それは知らぬで良い」

「しかし――」

「確かに大佐の仰る通りですね。そのメカニズムについて知る必要はないでしょう」


 アーマイアは振り返る。艶めく黒髪がふわりと揺れた。


「実はISMTインスマウス投下作戦および、ナイアーラトテップ試作型実戦試験の折の、あなた方の脳波を調べさせていただきました」

「えっ……?」

「んな機器つけられちゃいなかったぜ?」


 ヴァルターとクリスティアンは顔を見合わせる。アーマイアは嫣然と微笑み、ミツザキは鼻で嗤った。


「貴様ら、あの時はどこにいた」

「どこって、戦闘待機だったから戦闘機に乗ってたわ」


 クリスティアンが答え、そして「あっ」と声を出した。


「まさか、あの時にか」

「それ以外あるか」


 ミツザキは冷笑した。クリスティアンは聞こえよがしに舌打ちをし、ヴァルターは一瞬背筋に冷たいものを覚えた。


「あなた方だけではありません。当時の戦闘待機中だった飛行士アビエイターの方々すべてを調べさせていただきました。その結果、全体の約一パーセント、実数にして数名というレベルですが、それらの方々にがあることがわかりました」

「ある能力?」


 ヴァルターは首を傾げた。腕も組みかけたが、ミツザキの咳払いで思いとどまる。アーマイアは再びテーブルの所に戻ってきて、ヴァルターの真後ろに立った。


「言うならば――」


 言いつつ、ヴァルターの肩に手を置いた。


「対セイレネス能力」

「セイレネス?」


 訊き返すヴァルター。それは聞き慣れない名前だった。アーマイアはヴァルターの肩に手を置いたまま、口を耳元に近付けた。


「セイレネスとは、ヤーグベルテの切り札となる兵装システムの名前。我々のナイアーラトテップと同様のコアシステムを有するです」

「そんなものが……」


 ヴァルターは先ほどから感じていた喉の渇きが、遂に痛みに変わり始めたことに気が付いた。

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