#03-メランコリー・オブ・デーミアールジュ

#03-1:魔王

支配者の憂鬱

 それで……今回はどんなものを見せてくれるんだい、メフィストフェレス。


 バルムンクによって生成された空間――闇の中に佇むジョルジュ・ベルリオーズが、その銀髪を右手で撫でつけながら、揶揄するかのような声音で尋ねた。


「支配?」


 闇との対話――。


 ベルリオーズはその赤い唇の右端を吊り上げる。左目が赤く輝いている。


「支配と被支配は同義さ。支配者は被支配者によって存在し、被支配者は支配されることによって存在意義を得る。相互に相互を支配しているようなモノだからね」


 何でもない事のようにベルリオーズは言い放ち、そして闇に浮かぶ数式の群れを興味深げに目で追っていく。


「僕は支配者なんかではないし、まして魔王でもない。さ」


 その時、ベルリオーズの前の闇が、銀色の揺らぎに変化した。その揺らぎはやがて人の――女性の――姿となり、その赤茶色の瞳で妖しくベルリオーズを見つめた。ベルリオーズは驚いた風もなく、小さく鼻で嗤う。


「支配者になろうとも思わないけど、でも僕は大衆とやらには、ああいった低俗な群生意識にややうんざりしているというのは確かな事実ではあるね」

「そしてあなたはそれをどうにかする力を持っている。あなたは人間の王。ティルヴィングにめられた者なのだから」


 銀色の髪の女性のようなものは、艶めく口調でそう言った。ベルリオーズはポケットに手を突っ込んで、小さく肩を震わせる。


「僕はね、彼らの無力由来の復讐心ルサンチマンを見ているのが好きなんだよ。虫唾の走るようなこの感覚を睥睨へいげいする事に、それができる立場にいることに、僕はただならぬ愉悦を感じている。その点については、僕は君に感謝しなくてはいけないと思っているよ」

「悪趣味だこと」

「人間は誰であろうと僕の立場に立ってしまえば、悉皆しっかい同じようになるだろうさ」


 ベルリオーズは視線を上げる。その左目が鋭利なほどに爛々と輝いている。


「支配者って言うのは難儀なもの。だから僕はそうはなろうと思わない。ただ、導くだけなのさ」

神々の黄昏ラグナロクへと?」

「前にも言っただろう? 僕はロキなんかにはなりたくないんだって」


 闇の中で、銀色の女性の姿がふわりと動く。ベルリオーズはその姿を目で追った。


「人類皆平等――」


 ベルリオーズは歌うように言う。


「冗談じゃない」

「うふふふ……」


 嗤う銀の悪魔。ベルリオーズはポケットから手を出し、ゆっくりと腕を組んだ。


「そんな表現は、圧倒的多数マジョリティの愚者によって生み出された免罪符にすぎない。根拠のない既得権、あるいは、暴力だ。彼ら多数派は、多少の高低はあるにしても、所詮ルサンチマンによって無自覚なままに突き動かされているだけの有象無象に過ぎない」

「ゆえに支配者は、彼らの低みに降りて話をしなくてはならない。さもなくば通じないから」

「そして彼らの理解できる概念範囲では、支配者の言葉は理解できない」


 嘆かわしいと、ベルリオーズは思う。


「彼らの世界にあるのは赤と黒。そんな程度の世界の連中に対して、僕は金や銀の概念を説明しなくてはならないのだからね」

「でも、それを行うつもりなのでしょう?」

「結果として、ね」

「結果として?」

「そう。僕が僕のやりたいことをした結果、啓蒙けいもうる」


 ベルリオーズのその無機的な断定口調に、銀の悪魔は軽い声を立てて嗤う。


「そう笑うなよ、アトラク=ナクア」


 メフィストフェレスと呼ばれた悪魔は、今度はそう呼ばれた。銀の髪のまばゆい――そうとしか表現し得ない――姿は、今度はクックックと喉の奥で嗤う。ベルリオーズは氷のような貌で悪魔を見た。


「虚無。すべての遺伝子の最先いやさきにして最後いやはて。すべての遺伝子の上位層スーパークラスとして存在し、全てのモノはその特性を継承インヘリタンスしている。僕はその相関関係を理解し、概念を観測し、そしてそれゆえに最下層の、つまり、現実という名のクラスに、虚無を改めて実装インプリメントする。セイレーンたちの歌声でもってね」

色即是空しきそくぜくう――」

「そう、それを実証すること。僕はその観測者であること。これはもはや真理だし、そうなることこそがティルヴィングのかせを打ち破る唯一の方法だろう」

「あははは!」


 銀の悪魔の哄笑こうしょうが響く。


「この私に、私の力に……抗おうというわけですのね」

「ふふ、あいにく、僕には被拘束願望はなくてね」

「そのための」

「ああ。そのための、響応統合構造体オーシュだ」


 ベルリオーズと銀の悪魔は、足元にそれら三人の響応統合構造体オーシュを映し出す。白金の髪プラチナブロンドの少女、灰色の髪の少女、そして、黒髪の少女だ。


 彼女らは在るべき場所にてとるべき行動を取るだろう。そのための軌道レールはすでに敷き詰めてあるが、それに乗るかどうかはあの子たち次第だ。


 ――ベルリオーズは三人の娘たちの現在を眺めやりながら、ふと微笑んだ。


「僕は未来を知らない。だから未来はまだ未確定だ」

「あら、そうなのかしら?」


 揶揄する銀の悪魔。ベルリオーズは表情を変えることなく、言った。


「僕は、神にあらがう。神の方舟すら、あの子たちは難破させるだろう。その蠱惑こわくの歌声で」

「あらあら」


 銀の悪魔は肩を竦める。


「歌姫たちがどれほどのものか。あなたの自信作たちがどの程度の脅威となるのか。私も興味があるわ。いいでしょう、それならば、そのように」

「好きにすると良い、アトラク=ナクア」


 銀の姿が前触れもなく消えた。再び世界は闇に落ちる。


「さて、そろそろ――第二幕を開始するとしようか、ARMIA……」


 ベルリオーズは悠然とした口調でそう告げた。

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