二人の女性

 シルビアとヴァルターは、基地のあるジェスターから南東に八十キロほど行った先にある人口二十万の都市トゥブルクにやってきていた。要塞都市ジェスターとは打って変わって、のどかな雰囲気の漂う瀟洒しょうしゃな街だった。観光名所の類は特にないが、ジェスターを始めとする周辺の軍事基地のベッドタウン、あるいは退役軍人たちの行き着く先としてある程度の賑わいを見せている。また、軍の高官たちの別荘も数多く建てられている。


「ここでいい」


 ヴァルターはそう言って車を停めさせる。そこそこ大きな雑貨屋の前だった。車が止まるや否や、その店から若い女性と中年の女性が姿を現した。


「あら? クリスの車じゃないわね」


 助手席から出てきたヴァルターに、中年の女性が問い掛けた。そして運転席側を覗き見る。それと同時にシルビアは車から降りて助手席側に回り込んでくる。


「こんばんは。シルビアと申します」

「あらまぁ、綺麗な人」


 中年の女性は値踏みするようにシルビアを見たが、その視線は若い女性に遮られる。若い女性はヴァルターに手慣れた様子で抱き付いて、すぐに離れた。


「おかえりなさい、ヴァリー。シルビアさん、こんばんは。初めまして」

「エルザ、シルビアにはうちの隊の三番機をやってもらっている」

「ふぅん、そうなんだ」


 やや早口に言ったヴァルターの方を見て、若い女性――エルザは頷いた。濃灰色の美しい長髪の持ち主で、瞳の色は月明かりでもハッキリわかるほどの明瞭な翡翠色だった。シルビアは目を細めてエルザの方を窺う。


「今日はシュミット中尉は別の方とのようなので、自分が代わりに隊長をお送りしました」

「ありがとう、シルビアさん」


 エルザはニコリと微笑む。シルビアは気付いていたが、その微笑みは決して友好的なものではなかった。その目はちっとも笑っていなかったからだ。シルビアも負けじと微笑み、言う。


「綺麗な奥様ですね、隊長」

「まだプロポーズしてもらっていないの」


 間髪を入れずにエルザは返し、そして「どうぞ上がって」と社交辞令丸出しの言葉を口にした。無論、シルビアはそれに乗っかるつもりなどなく、「いえ」と首を振って自分の指定席に戻っていく。


「隊長、明朝0800マルハチマルマルにお迎えに上がります」

「クリスが暇そうならあいつを寄越してくれて構わない」


 ヴァルターはエルザの肩を抱きながら、助手席側の窓から運転席を覗き込んだ。シルビアはフッと笑みを漏らすと、ハンドルに手を掛けた。


「承知しました。調整しておきます」


 そう言って、黒いカムテールを発進させていった。その姿は瞬く間に消えて行く。


「綺麗な人ね、シルビアさんは」


 中年の女性、つまり、エルザの母はそう呟いた。


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