#02-2:安全地帯

ミーティング

 それから三ヶ月間、アーシュオンは一切の作戦行動を休止した。


 切り札となる超兵器を有するアーシュオンにしてみれば、もはや慌てる必要は何もなかったからだ。焦って妙な被害を出す事は避けるべきだということで、アーシュオンは占拠していたヤーグベルテの島嶼の幾つかを速やかに放棄して撤退し、展開していた艦隊も、数個の潜水艦艦隊を除いて、その全てを引き上げさせていた。


 ヤーグベルテとしては艦隊戦力が疲弊しきっている今、作戦行動をするだけの体力はなかったし、仮に何らかの反撃を行おうとしたところで、ナイアーラトテップという超兵器に対する何らの対抗策もない。つまりヤーグベルテは、完全に動きを封じられていた。


 それらの背景説明をざっくりと行い、ヴァルターは目の前にパイプ椅子に座っているマーナガルム飛行隊の構成員十一名を見回した。


「超兵器があると言っても、我々がこれまでに受けてきた被害は小さくはなかった。特に飛行隊については四風飛行隊の連中によって、多大な被害をこうむって来た」

「だから、この機会に艦隊随伴戦力を見直したってこったろ」


 痺れを切らしたように、マーナガルム2こと、クリスティアンが言った。この本題に至るまで、十五分を要していた。クリスティアンはもともと鷹揚おうよう性質たちではない。


 ヴァルターはだらしなく椅子に座っているクリスティアンを睨み付け、手にしたタブレット端末の縁を苛々と指で叩いた。そんな様子のヴァルターを面白そうに見やりながら、クリスティアンが追い打ちをかける。


「で、俺たちはどこの艦隊に所属することになったんだ?」

「変更なし。第四艦隊所属が臨時的なものから正式な扱いになっただけだ」

「うへぇ」


 半ばうんざりした調子でクリスティアンが頭を掻いた。


「まぁたあの万年中将の罵声を聞かされるってワケかよ」


 その軽口に、隊員の半分以上がクスクスと笑った。笑わなかった隊員は、それにすら関心がないような様子だ。


 クリスティアンは唇をひん曲げて肩を竦めつつ言った。


「だがま、一番見殺しにされなさそうな艦隊ではあるな」

「言葉が過ぎるぞ、クリス」

「へぇへぇ」


 ジョセフ・ドーソン中将率いる第四艦隊は、名実ともにアーシュオン最強の機動戦力である。艦隊定数を揃える唯一の艦隊であり、所属航空戦力もマーナガルム飛行隊を始めとする猛者で揃えられている。そして何より、万年中将とも揶揄されるドーソン中将は、アーシュオンに於ける数少ない名将であった。アーシュオンの軍上層部は、そのほとんどが官僚主義的であり、こと将官に至ってはそれが非常に顕著であった。彼らは軍人である以前に政治屋であり、ともすれば艦隊司令部を内陸に置いているような艦隊すらあった。「将官は前線に出ないもの」という風潮すらできつつあった。その中にあってドーソン中将は、必ず旗艦に乗り込み、最前線で指揮を執る。そしてその指揮は確かな知識と経験に裏付けられたものであり、時に奇策を取ることもいとわない柔軟性を持っていた。噂では、ヤーグベルテに於いては「潜水艦キラーが唯一恐れる提督」とも言われているらしい。


「隊長」


 椅子に座ったまま、スッと手を挙げた女性将校がいた。マーナガルム3こと、シルビア・ハーゼス中尉である。シルビアは電子戦と格闘戦、いずれにも対応する事の出来る万能型の飛行士アビエイターである。肩口で切りそろえられた色の抜けた黒髪と黒褐色の瞳の持ち主で、容姿もまるで女性の理想像を体現したのではないかというほどに整っているのだが、その表情には感情がほとんど見られない。まるで人形のような印象を与える女性だった。その冷たい雰囲気からつけられた彼女のTACネームは「大理石マーブル」である。彼女がマーナガルム飛行隊に配備されてから一年と少しが経過しているが、未だどの隊員とも親しく会話しているような様子は目撃されていない。だがしかし、戦闘技術に関しては群を抜いたものがあり、シミュレータ訓練に於いては、十回に一回程度はヴァルターをも負かしてしまうことがあった。


「新型機の件ですが」


 淡々とシルビアは言う。その表情の読めない黒い瞳で見つめられると、ヴァルターも気圧けおされる。まるで心の中を覗かれているような感覚に陥るからだ。


「インスマウス、ロイガー……いえ、今はナイトゴーントと呼ぶべきですか」


 シルビアはヴァルターから目を逸らすことなく、それら超兵器の名称を挙げた。その氷のように冷たい視線に晒されながらも、ヴァルターも目を逸らさなかった。


「奴らが、どうかしたのか」

「隊長はをどう思っていらっしゃいますか。あれらの所業をどう考えていますか」

「凄まじい戦闘力を有した超兵器」


 ヴァルターは間髪入れずにそう答えた。シルビアは淡々と食い下がる。


「ナイアーラトテップは?」

「同じくだ。今はそれ以上を俺の口から言うわけにはいかない」

「非人道的兵器であるという点については?」

「核を超えるになるだろう」


 シルビアは俺に何を言わせようとしているのだろうと、ヴァルターはいぶかしむ。シルビアは他の隊員の注目を一身に受け続けながらも、やはり表情を変えることすらない。


「ヤーグベルテをこれ以上痛めつける必要はあるとお考えですか?」

「俺個人の考えを聞いてどう――」

「隊長の個人的な考えを聞きたいと考えています」


 表情も口調も変えず、シルビアは被せるようにして発言する。ヴァルターは最前列でニヤニヤしているクリスティアンを睨み付け、そしてタブレット端末の電源を落とした。壁に投影されていた資料も同時に消えた。室内が一気に暗くなったが、すぐに勝手に天井灯が輝きを増した。


「俺はここで個人的見解を述べることはしない。俺たちは軍の所属物であるから、軍の決めた通りの作戦を受け容れ、実行する。それだけだ。私情は必要なかろう」


 ヴァルターは迷いなく言い切り、そしてシルビアと目を合わせる。それを聞いて、シルビアはほんのわずかに――それこそ誤差の範囲ではあったが――表情を緩めた。


「わかりました。ありがとうございます」


 シルビアがフッと息を吐いたのと同時に、シルビアから最も離れた場所に座っていた隊員、マーナガルム11こと、エルフ・オーウェル少尉が勢いよく右手を挙げた。長身揃いの飛行士アビエイターの中にあって、彼女はとても小さい。パッと見、中学生くらいのようにも見える。金色のショートボブに包まれた小さな顔と、深海のように深い青色の大きな瞳が強烈に印象に残る。その表情のめまぐるしさは、シルビアとは全く対称的だった。


「はいっ、はーいっ、たいちょー!」

「……なんだ、フォアサイト」


 ヴァルターは習慣的にそう呼んだが、『予知者フォアサイト』というのは彼女のTACネームである。その名の通り、彼女はとしか表現し得ない不思議な能力で空戦を行う。機体に搭載された――とも言える。一見それは時代錯誤の能力ではあったのだが、悪いことに彼女は名実ともにエースである。人間離れした先読み能力と、強引とも言える機体制御能力が合わさったトリッキーな戦闘機動の前に、敵は一方的に幻惑され続けるのである。


「我々にも新型機が配備されるんですよね」

「……どこで知った」

「どこでもなにも、この基地で最終組み上げが行われてるじゃないですかー。しかも一昨日もう一機分、パーツが搬入されてきたって格納庫のおっちゃんが」

「……まったく、機密の意味くらいしっかり把握して欲しいものだ」


 頭を抱えるヴァルターを尻目に、フォアサイトはその大きな目を見開いた。


「きっとこの後、自分たちの分も回って来るんですよね! ね!?」

「こねーよ」


 悩めるヴァルターに代わって、クリスティアンが唇をひん曲げて答えた。


「あのPXF001レージングは、特におめーにはバカ高ぇオモチャだ。現状のチューニングじゃぁ、マーナガルムでも扱えるのは、ヴァリー君とシルビアくらいなもんだ」

「ちぇー。自分も新型乗りたいんですけどー」


 フォアサイトが露骨に拗ねる。が、ヴァルターは仏頂面を見せただけで何も言わなかった。その様子を見て、クリスティアンは「ったく、しゃーねーなー」と肩を竦める。


「フォアサイト、おめーにゃFAF221カルデアだってもったいねーんだ。俺と同じ、FA201フェブリスにでも乗ってりゃいいんだ」

「クリスのはFA201Eフェブリススターリングじゃん」

「こまけーこたぁいいんだよ」


 いつもの夫婦漫才が始まった所で、ヴァルターは咳ばらいをした。


「ほかに質問がなければ解散にするぞ」

「たいちょー、新型機のスペック見せてもらってもいいですかー?」

「ダメだ。まだ機密だ」


 一言の元に却下する。そしてヴァルターはまた咳ばらいをして、言った。


「超兵器が配備されたとはいえ、我が軍の戦力もずいぶんと低下している。疲弊しているのはヤーグベルテばかりではない。そのことを忘れるな」

「へぇへぇ」


 クリスティアンが頭の後ろで手を組みながら相槌を打つ。ヴァルターはそんな副隊長を睨みつけたものだが、結局何も言わなかった。無駄だと知っているからだ。仕方ないので、心の中で小さく溜息を吐くにとどめる。そこでシルビアが挙手もせずに述べた。


「先の攻撃で、ヤーグベルテでも反撃の機運が高まっていると聞きますが」

「反撃?」


 ヴァルターは意外そうな顔を見せる。今のヤーグベルテにそんな余力があるとは思えなかったからだ。が、シルビアは続ける。


歌姫計画セイレネスシーケンス――ご存知ですね?」

「名前だけは」

「私も名前くらいしか知りませんが、ともかくも、その計画が動き始めているようです」


 シルビアの断言に、他の十一名は沈黙する。ヴァルターにはその沈黙が何故か重く感じられ、思わず小さく首を振った。


「正体不明の計画を恐れていても仕方ない。その辺の対策を考えるのは参謀の連中だ。だが、用心するに越したことはないな。日々油断せずに物事にあたれ。以上」


 ヴァルターは早口でその場を締めると、タブレット端末を持ち直して足早に部屋を出た。隊員たちもずらずらと出て行った。部屋にはクリスティアンとシルビアだけが残る。


「シルビア」


 クリスティアンが彼らしくもない低い声で呼びかける。シルビアは黙って立ち上がり、冷たい視線でクリスティアンを見下ろした。


「何か? シュミット中尉」

「そう怖い顔すんなよ」


 クリスティアンはニヤリとしか表現できない表情を浮かべる。


「忠告しといてやっけどさ。堅気カタギに余計な情報を流すもんじゃねぇよ」

「……何の事だか」


 シルビアは無感情にそう言い放つと、クリスティアンの目を一度視線で射抜いてから退室していった。


「面白くねぇのはわかるけどよ」


 クリスティアンもそう呟くと、のんびりと立ち上がって部屋から出ようとし、そして天井の方を一瞥する。


「ああ、やだやだ。お前ら、どこででも見てやがんのな」


 そう言って肩を竦めつつ、クリスティアンもまた部屋を出て行った。

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