代役

 茶色のホールの中はいつも以上に熱に満ちていた。空間を埋め尽くす激しい音が男たちをつき動かす。楽器の数が増やされていた。数を増やすよう太めを説得したのは炎だ。効果は間違いなくあった。

 入り口のすぐそばに陣取ったガキどもの周りに男たちが群がっている。ガキどもは男たちが持ってきたコップを受け取り、甘い、饐えた匂いの液体を袋から汲み出し、手渡す。男たちはむさぼるように飲み干し、また、狂ったように踊る人ごみの中に紛れ込んでいく。炎の指示で発酵した液体が配られていた。大盤振る舞いに男たちは上機嫌だった。

 壁が変わっていた。壁際に、あちこちの建物から外されてきたガラスの残った窓が置いてある。その前に据えられた赤熱する炭の光がガラスに映る。光の数が増えたようにも、ガラスの向こうに空間が広がったようにも見える。炎の準備した演出だった。新しい雰囲気が醸し出されている。狙いは当たっていた。

 名前を授けられるために台に上がった男の前に、黒いマントを羽織った炎が立っていた。炎は姿を消すことはない。その代わり、手に持った道具から放たれる強い光で男の目を狙う。目を照らされた男はしばらく何も見えなくなる。

 炎のすぐ後ろには長い剣を持った片手が立っていた。炎が名前を授けるために男に語りかけている間中、片手は剣の切っ先を男の喉に当て続ける。片手が剣をおさめるまで、男は少しも動けない。いや、動かない。恐怖が男の頭を痺れさせる。剣の圧力から解放されたその後に与えられる飲み物が男の身体を熱くする。

 何もかも考えられていた。そこまで考えられる炎の切れ者っぷりが太めにはうんざりだった。

 太めは楽器を鳴らす手を休め、傍らのガキから奪うようにコップを取り、残り少なくなっていた中身を勢いよく喉に放り込んだ。

「新しいのを持って来いよ」

 太めはホール内の喧騒に負けないよう、大声でガキに言った。

 その声がよく聞こえなかったのか、ガキは耳に手を当てて顔をしかめた。

「早くしろ」

 太めはコップをガキに向けて放り投げた。

 コップはとっさによけたガキには当たらず、狂ったように踊り続ける男にぶつかってから床に落ち、大勢の男たちの足に蹴られてどこかに消えていった。

 台の上では名前を授けられた男が炎の差し出した手を両手で包むように掴み、涙を流していた。

 太めは舌打ちをした。

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