滑車
太めと炎は肩を寄せ合うようにして文字板を見下ろしていた。
「難しいな、おい」
太めは頭をかいた。
「丸い部品を作るのは、前に作った丸い楽器とほとんど一緒」
炎は文字板に描かれた図の一部を指差し、落ち着いた声で言った。
「それは分かる。けど、真ん中に穴を開けて三つを重ねるんだろ。そのあたりがなあ」
「真ん中の部品が少し小さいだけだよ。図の通り」
「いや、分かるって。おまえはさ、こういうの描けるのすごいよ。見ただけで分かる。うん、分かる。でも、分かると出来るは違うんだ」
太めは腕を組んだ。
「それと、この、なんだっけ、滑車? 滑車が大事だっていうのはよく分かった。滑車がちゃんとできないと持ち上げられないんだろ。でもなあ、この、滑車を吊り下げる骨組ってのか? これも大変そうだぞ?」
太めの目が真剣だった。
「そっちは赤い堀になんとかしてもらう。曲げた鉄筋を組み合わせる」
炎に迷いは無かった。
「なるほどな。いつものことだけど、よく考えてんなあ」
太めに嫌味は無かった。
「絶対、うまくいく」
炎は確信に満ちていた。
「分かった分かった。やるよ。言われたとおりに。けどなあ」
太めはガキを呼び、肩を借りて立ち上がった。足の怪我は最近になってまた痛み出していた。
「まだ帰って来ないんだろ?」
太めは別のガキが用意した椅子に腰を下ろした。
太めが少年のことを言っているのは炎にはわかった。
「うん。でも、もうそろそろまた命名の儀式はやるよ。赤い堀のところを手伝ってもらうのに、仲間を増やさないと」
「おいおい、命名って誰がやるんだよ。まさか、おまえか?」
「ダメなの?」
「ダメなのって、そりゃ……」
「何も問題ない」
部屋の扉から窮屈そうに身体を屈めて入ってきた片手が、太めの話をさえぎった。
「言われたことに従え」
片手は有無をも言わさぬ調子だった。
太めは軽く舌打ちをした。
片手は命名の儀式で与えられた剣を太めの目の前に突きつけた。
「これよりマシな剣は作れるか?」
「どういう意味だよ。けっこうしっかり作ってるぞ、これ。気に入ってたじゃねえか」
「これでは闘えない」
「はあ? 誰と闘うんだよ」
「おまえに教える必要は無い」
片手は剣を戻した。
太めはうんざりしたように横を向いた。
「じゃ、次、赤い堀のところに行こう」
炎は片手を伴って部屋を出て行った。
ふたりが出て行ったあとも太めは考え込んでいた。
「頭痛いの?」
周りのガキどもがおずおずと尋ねた。
「ん? ああ、ちょっとな。前にも同じようなことがあったなって」
「同じようなこと?」
「同じっていうか……、全然帰ってこないんだな、待ってるのに」
太めは頭を押さえた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとな」
太めは顔をしかめながら、笑顔を作った。
「忘れたんじゃないんだ。思い出せないんだ」
独り言のようにそう言うと、太めはゆっくりと目を閉じた。
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