炭焼き

 学校の裏庭に積み上げられた瓦礫の隙間からは、白く細い煙が立ち上っていた。横には黒く煤けた瓦礫が崩されている。中で蒸し焼きにされたパンの塊は、手で触ると簡単に崩れてしまうほどもろい炭の塊になっている。別のところではこれから蒸し焼きにされ、炭になる押し固められたパンの塊が山のようにきれいに積まれていた。

 地面に適当に置かれたテーブルのうえで、まだ小さなガキどもが太めと一緒にパンを手で押し固めていた。

「これ、どれぐらい作ればいいの? 太め、さん?」

 そのうちのひとりが太めに聞いた。

「『さん』なんか付けなくていいよ。太めでいいって」

「でも、皆が『さん』付けろって」

「いいって。これなあ、この前は剣を作るとかって話でずいぶんとたくさん作ったけど、どうだろうなあ。うるせえからなあ」

「ボクたち、がんばります」

「いや、分かってんだけどさ。なんか、これぐらい作っときゃいいかなって気もするんだよなあ」

「もっと作れますよ」

「うーん……。それより、ひと休みして焼いたパン食うか?」

 太めの提案に小さなガキどもが一斉に歓声を上げて立ち上がった。積み上げた瓦礫、かまどのあちこちに適当にパンが乗っている。ガキどもはそのパンを競うように手に取った。

「おい、熱いから気をつけろよ」

 ガキどもは嬉しそうに、はい、と返事をした。

 かまどの熱で焦げ目のついたパンを口にして最初はうまいうまいと言っていたガキどもは、いつしか無言で、夢中でパンを頬張っていた。

「太めさんもどうぞ」

 さっき太めに声をかけたガキが焼けたパンをおずおずと太めに渡した。

「お、ありがとな。でさ、『さん』はいいよ、要らない、『さん』は」

「でも……」

「太めでいい。って、熱いな、これ。うまい、うまいな」

 太めもすぐに無言でがっついた。

 食べ終えても誰もが無言だった。

「太め……、あれは、なんですか?」

 さっきのガキが太めに聞いた。視線の先にあるのは学校の壁に書かれた文字だった。

「ああ、あれはなあ……。おまえら、まだ文字教わってないんだよな」

「はい」

「あそこには俺たちの大事な仲間だった奴の名前が書いてある」

「名前?」

「そう、名前だ。おまえらはここに来てすぐだから、まだ名前もらってないけどな。そのうち、名前をもらう」

 ガキの目の色が輝いているのを太めは見逃さなかった。

「文字、読みたいか?」

 太めが聞いた。

「うん」

 ガキがうなずいた。

「大丈夫だ。ちゃんと教えてもらえるぞ。オレだって読めるようになったからな。おまえらもすぐだ」

 ガキどもが嬉しそうに目を合わせるのを見て太めは目を細めた。

 太めはもう一度、壁の文字を見た。名前が書いてある。空を駆ける美しい髪の若者がいた。何かあれば駆けつけて皆を守る。その動きは素早く軽やかで、誰も彼にはかなわない。誰もが彼を尊敬していた。彼の名前は壁に残された。彼の名前はひとりひとりの心に刻み込まれた。

 はずだった。

 既に忘れ始めていることに気がついていた。思い出すことも多い。けれど、思い出せないことのほうがもっと多い。名前だけは覚えている。その名前の持ち主がどんな声をしていたか。どんなことを言っていたか。どんな言葉を交わしたのか。

 もう、思い出せない。

 壁のもうひとつの文字を見た。目つきの鋭い若者。鉄筋を振り回していた。いつも一緒だった。

 覚えているはずの記憶を探そうとすると頭が少し痛む。気になるほどではない。ただ、少しだけ痛む。

「どうしたの?」

 集まったガキどもが心配げに太めを見守っていた。

「ん、ああ、大丈夫だ」

 太めは目が醒めた時のように小さく身体を振るわせた。

「よし、もうちょっと炭焼きの準備するか」

 太めがそう言うと、ガキどもが元気にうなずいた。

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