楽器庫
立ち上がって普通に歩き始めるまでにはさらに数日かかった。その間、おじさんはずっと面倒をみてくれた。
「大丈夫か?」
心配げに声をかけられてもきちんと返事をしなかった。後ろめたさが少年を無口にさせていた。
おじさんが図書館に行くと言って出かけた隙を狙って、そっとベッドを抜け出しマントを羽織る。ひとりで楽器庫に向かうつもりだった。マントさえあれば音の壁はなんということもなく通過できてしまう。それが悔しかった。茶色を二度とあんな危ない目にあわせたくない。次は二人分のマントを絶対に用意する。会えない間に茶色への気持ちが膨らんでいることに少年は気づいていた。
茶色のために何か楽器を持ち帰るつもりだった。それがお詫びになるのかは分からない。許してもらいたいと願っていた。
改めて眺めると楽器庫に並ぶ艶やかな楽器はどれも魅力的に見える。持ち帰るとなると色々なことを考えてしまう。手軽に持ち運べて、それでいておじさんに気付かれない楽器はどれなのか。それを選ぶのはなかなか難しい話だった。
慌ててはいなかった。おじさんがまだまだ帰ってこないことはよく分かっている。
前から気になっていた三本足の黒く大きな楽器に触れてみた。重い蓋をゆっくりと持ち上げる。学校で見つけた楽器とよく似た黒と白の四角が並んでいる。一本指でそっと触れてみた。
小さく、それでいてしっかりとした、深い音がした。
もう少し力を込めて押してみる。
少しだけ力強い音が響く。
指を離すと消える。
他の箇所も押してみた。
音が聞こえる。
それだけだった。
少しだけ失望していた。楽器を触れば音楽がそこから溢れ出てくるのかと期待していた。
まったく違った。
楽器庫の中をぐるぐると歩き回る。どの楽器も魅力的に見えた。
細長い笛、これならなんとかなるだろうかと手に取ってみる。美しく精巧な造りに感心しながらも、どこをどうすればいいのかが全くわからない。それらしい場所を見つけて口をつけ息を吹き込んでみる。
何も音が出ない。茶色が見つけた笛は簡単に音が出たのに。
複雑に絡み合う仕組みのあちこちをでたらめに押してみる。
何も起こらない。
金色に輝く細い筒がうねうねと重なり合っている楽器を持ち上げてみた。どう持ったらいいのか、それすら分からない。それに、重い。早々に諦めた。
黒く長い笛、顔が赤くなるほど勢いよく息を吹き込む。自分の唾と一緒になんだか腑抜けた音がした。
失望し始めていた。
目の前に楽器があっても、その楽器を手に持っても、息を吹き込んでも、押しても、叩いても、何も起こらない。
途方に暮れた。失望は怒りに変わりつつあった。
あれほど魅惑的に見えていた楽器たちが忌々しく思えてくる。想いを拒絶しながら艶やかに輝き続ける楽器たちが憎らしい。
美しい楽器のひとつを掴み高く振り上げた。そのまま床に叩きつけるつもりだった。
できなかった。
ため息をつきながらそっと元の位置に戻す。
おじさんが戻ってくる前に部屋に戻らなければ。
音楽は見つけられなかった。
何かを持ち帰るつもりもすっかり消え失せていた。
輝く楽器たちを残したまま、少年は楽器庫を出た。
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