坂道

 ぶつぶつと言いながら机に向かって本を読むおじさんの傍らで、少年もテーブルに向かい同じようにぶつぶつと言いながら本を読んでいた。

 細かった足はしっかりと伸びている。もう床に届く。

 昼を告げる音が聞こえた。本が閉じてしまわないように別の本を載せ、キッチンに向かう。食事に時間をかけるつもりはなかった。床に転がった袋からパンをふたつ取り出す。部屋に戻ってひとつをおじさんに手渡す。もうひとつをひとくちかじってから椅子に座り、また本に向かう。パンくずが落ちるのはおかまいなしだ。 

「そういえばさ、もうパンが無いよ」

「頼む」

 少年はページの端を大きく折ってから本を閉じ、立ち上がった。そろそろおじさんの背丈に追いつきそうだ。

「本の端を折るな。どこまで読んだかぐらいは覚えておけと言ってるじゃないか」

「わかったよ」

「ならいい」

 おじさんはすぐに本の世界に戻った。

 キッチンに向かい、空のカバンを探す。すぐに見つかった。

「行ってくる」

「気をつけていけ」

「分かってるよ」

 少年はもう居住区の男たちを恐れてはいなかった。ただし、配給所でよく見かけるガキどもは別だ。若さと強さがガキどもの誇りだ。誰彼かまわずケンカを吹っかけて騒動を起こす。巻き込まれたくはなかった。

 いざとなったら、鍵のかかった部屋に逃げ込んでしまえばいい。

 少年は内ポケットの鍵を服の外から確かめた。図書館に行くようになってからすぐに、おじさんから鍵をひとつもらった。ほとんどの部屋の扉を開けられる鍵だ。大事に持ち歩け失くすな他の連中に見せるなとおじさんに言われた。

 建物を出た。配給所までは下り坂だ。

 少年は軽快な足取りで通りを走り出した。

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